安川英昭セイコーエプソン株式会社元社長【拡大】
2月25日死去したセイコーエプソンの安川英昭名誉相談役は、技術者として世界初のクオーツ腕時計を商品化した一方、同族経営の時計製造会社だったエプソンを上場させ、世界に知られる情報機器メーカーとして成長する土台を築いた。
昭和30年の入社以来、一貫して技術畑を歩んだ。当時、エプソンは、服部金太郎氏が創業したセイコーグループの時計製造部門だった。クオーツ腕時計の開発では、設計チームのリーダーとして、苦労の末、短期間で小型化を実現した。
51年に取締役に就任してからは、多角化に向け、情報機器の開発を推進。社長時代に発売したインクジェットプリンターは今や売上高の6割を占める屋台骨になっている。温厚な人柄の一方、パソコン事業からの撤退を決めるなど強いリーダーシップを発揮した。
碓井稔社長は「会社を強い体質にすることに心を砕かれた」としのぶ。
会長だった平成15年に念願の東証1部上場。「決断から12年もかかった」と感慨深げに語った。創業家で大株主の服部家との調整などにも力を尽くした。
社会貢献にも熱心だった。指揮者の小澤征爾氏が総監督を務める音楽祭「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」を長年サポート。亡くなるまで理事を務めていた。
21年に名誉相談役に退いてからも週に1度は会社を訪れていたという。昨年暮れにも研究者のインタビューを受け、ものづくりの大切さを熱心に語ったばかりだった。(田村龍彦)