【企業スポーツと経営】JXホールディングス(上)野球部 (2/3ページ)

2014.6.30 05:00

昨年、第84回都市対抗野球で2連覇を果たし、駆けつけた社員などファンと喜びを分かち合うJX‐ENEOSナイン。今年は3連覇に挑んでいる=2013年7月23日、東京ドーム

昨年、第84回都市対抗野球で2連覇を果たし、駆けつけた社員などファンと喜びを分かち合うJX‐ENEOSナイン。今年は3連覇に挑んでいる=2013年7月23日、東京ドーム【拡大】

  • 大久保秀昭監督
  • メジャーリーグで活躍する田沢純一投手は、エースとして優勝に大きく貢献。他にもプロ選手を多く輩出している=2008年、東京ドーム

 野球部は部長、監督のほか16人の選手で発足。最初は練習も手探りだったが、徐々に実力をつけ、慶応大学を出て入社した藤田元司投手(のちプロ野球巨人)を擁して都市対抗野球で初制覇の偉業を達成する。1956年、創部からわずか7年目の快挙だった。以後、選手層も年々厚くなり、2年後の58年には2度目の制覇。61、62年には連覇を達成するほど全国レベルで最強のチームへと成長した。強豪チームとなるにつれ当初のねらいである「全社一体感」も社内に醸成され、応援人数も増えていった。

 日石はその後、三菱石油、九州石油と合併、さらに新日鉱ホールディングスと統合し、現在のJXホールディングスとなるが、野球部は存続し続け、さらに実力も高めている。「毎年、新しいメンバーを入れながら、全社の一体感を醸成する存在としての期待に対する結果は残し続けてきた」と現在の大久保秀昭監督は胸を張る。相次ぐ統合・合併で応援者の人数はさらに増えた。

 ただ、苦労もあった。「勝つことを、勝ち続けることを常に求められている」(大久保監督)からだ。当初から「野球部存立の原点は勝つことにある。野球部が強くなることで、会社の名声も上がり、宣伝にも寄与する」ことが求められた。90年代後半から10年間ほど都市対抗野球で優勝から遠ざかっていたとき、「当時の経営陣から、野球部をやめる検討も必要かもしれないとの発言があった」と“休部”の可能性があったことを大久保監督は打ち明ける。

 そうした緊張感は選手たちにも伝わる。2008年に田沢純一投手(その後米メジャーリーグのレッドソックス)を擁して13年ぶりに都市対抗で優勝を果たした。

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