原宿サロンのゲストスピーカー梶原拓・岐阜県知事と=2005年【拡大】
社員にもインプットの機会を与えたいと思い、審議会で素晴らしい話を聞くと、思わず、「うちの社員たちに話をしていただけませんか」とお願いしてしまいました。名も知れぬ小さな会社でしたが、私の会社が日本初の新しいサービスを展開していることを面白がって、いろんな方が講演に来てくださるようになりました。
最初に来ていただいたのは上野動物園の初代園長、古賀忠道氏でした。審議会でご一緒する機会があり、お声がけしたら、快く応じてくださいました。動物の子育ての話でした。動物の生態や本性を通じて、生命の偉大さ尊さに感動するとともに深く教えられました。当時は既に「赤ちゃん110番」がスタートしていましたから、20人近い社員らも食い入るように目を輝かせて聞いていました。
◆異文化融合の場
ビジネスに邁進(まいしん)するだけでなく、こうした社員教育も大切であることを知り、審議会などで知り合った経営者や識者、幅広い方々を次々とお呼びするようになりました。すると、だんだんとわが社のクライアントさんが聞きつけて、ぜひ、自分たちも参加させてほしいと輪が広がって、定例化していきました。
それが1978年から現在まで37年間続いている「原宿サロン」の始まりです。スタート当初は、そのころ事務所のあった原宿セントラルアパートで開催していたことから、「原宿サロン」と名付けました。