渡邊五郎氏【拡大】
■「平成の龍馬」目指し“冒検”の人生
1934(昭和9)年5月14日、高知市梅ノ辻で生まれました。父は豊重、母は祥子。五郎という名前の通り、6人きょうだいの5番目です。
◆「あっぱれな英雄に」
木材の仲買人だった父は厳格で、高知の言葉でいうところの「いごっそう(頑固者)」。子供と遊ぶようなところはありませんでした。母は優しくて頭がよくて、私を子供の頃から一人前の男として扱ってくれ、私よりも先に風呂に入らず、私の枕元を絶対に通らないような昔ながらの気質でした。
貧しい暮らしでしたが、教育熱心で学習塾や絵とか習字とか、いろんなことを学ばせてもらいました。自由奔放に温かく私を育ててくれ、どちらかというと、母の影響をずいぶんと受けました。絶えず、「五郎は偉くなる」「いずれ立派になる」とまじないをかけてくれていたことが、私の成長の礎になったと思います。
私の結婚式に、父と母がそれぞれ祝いの言葉を贈ってくれました。
父は、「上を見な、下げて通れよ、桧笠」。やんちゃな私に対して、常に謙虚であれ、との意味だろうと思います。頑固おやじらしいメッセージです。
母の言葉には、今思い出しても舌を巻きます。
「今日の佳き日をスタートに、政治は家康、ビスマルク、戦争は秀吉、ナポレオン、あっぱれ英雄、鏡にて、内外舞台に成功祈る」
わが子に対して家康やナポレオンのような、あっぱれな英雄になれ、とハッパを掛けるわけですから。母は、私が1回目のニューヨーク勤務のとき、72年に亡くなり、その後の私の歩みを知りません。が、この大いなる激励を胸に刻み、あっぱれな英雄にまではなれませんでしたが、私なりに内外の舞台で奮闘してきたことを喜んでくれていると思います。