たいまつとランプで暮らした疎開先の四万十町魚ノ川で(左)【拡大】
当時、お宮の盆祭りの夜相撲にもよく参加していました。中学生は前座でした。負けはなし。いつも優勝して、賞金稼ぎをしていました。父は「相撲は、賢いモンは取らずに、見るもんだ」と言っていましたけど、母はこっそり弁当を作って、町や郡の大会などに送り出してくれていました。
中学3年3学期から高知市立昭和中学校に転入しました。学区制があったため、町なかの進学校に入るには、その地域に住んでいる必要があったためです。市内で料理人をしている兄が住んでいた家の屋根裏部屋が空いていましたので、そこに住み込みました。
◆模擬試験で学内1位
転校したところ、初めの1カ月は平穏に過ぎたのですがいきなり模擬試験で学内1位になったためか、すぐに非行グループから呼び出しがかかり、ついて行くと、7、8人にさっと取り囲まれました。一段と高いところにいたリーダー格をよく見ると、小学校の頃に私がいつもミカンやバナナを巻き上げていた男。
私に「五郎来たか」と言うので、「おー来たき、よろしゅう頼むぜよ」と言い返しました。翌日から彼の子分らは私に挨拶をするようになり、無事、平穏な毎日を過ごすことができました。もし、やっつけられていたら、ぐれて今の私はなかったかもしれません。(聞き手 廣瀬千秋)