誤解を恐れずに言えば、人間というものは元来、ギャンブルをレジャーとして楽しみたいという欲求を持ち合わせており、これが競馬ファンや宝くじファンを生み出しているものと思われる。ギャンブルの存在自体を否定するのであれば、公営競馬も公営くじも廃止に追い込むべく先の国会議員は主張すべきではないのか。それができないのは、競馬ファンや宝くじファンの存在然り、明らかにギャンブルをレジャーとして楽しんでいる国民がいる事実を否定できないからだろう。翻って、ぱちんこという遊びも人の射幸心を適度に満たすことがゲームの要素に組み込まれている。これをギャンブルだと主張する人もいるが、ぱちんこ営業は、いわゆる「風営法」に基づき、地域の善良な風俗と正常な風俗環境を保持すべく、さまざまな側面から規制がかけられている。その範疇(はんちゅう)で1000万人といわれるファンが遊技を楽しんでいるのが現実だ。
幾ばくかの金銭を賭して、これに伴う報酬を期待すること自体が“悪”であれば、株式投資やFXはどうなのか。法を根拠に「そもそも論」を振りかざす前に、これに参加する人々=ファンの存在に目を向けるべきではなかろうか。
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【プロフィル】岸本正一
きしもと・しょういち 1963年生まれ。元SEの経験を生かし、遊技場の集客メカニズムを論理的に整理・研究する傍ら、全国のパチンコホールを対象にコンサルティングを行う。雑誌への連載やテキストの出版、セミナーでの講演なども手掛ける。オベーション代表。