人間力を土台にしっかり生きよ
奉公人から身を起こして銀行を設立し、次々と事業を拡大して明治・大正期に安田財閥を築いた安田善次郎(1838~1921年)。その教えは今もなお、日本人の心を捉える。思いやりや倫理観、道徳観といった人間力の重要性を説いたからだ。善次郎のひ孫に当たる安田弘・安田不動産顧問に「令和」時代の生き方を聞いた。
善行を吹聴するな
--善次郎はどんな人だったのか
「善次郎は1921(大正10)年に亡くなった。私は33(昭和8)年生まれなので直接会っておらず、父から教えを聞いたり、伝記を読んだりして知った。真面目な人で、ものすごく堅い人だった。明治から大正にかけて経済界で活躍した渋沢栄一と同じ時代に生きたが、ともに土台にしっかりした倫理・道徳を身に付けてこそ、その上にビジネスがあるという考えを持っていた。渋沢栄一の『論語と算盤(そろばん)』、善次郎の仏教に基づいた陰徳や克己心の考えが一例だ」
「善次郎は金もうけ第一で、人間力や倫理・道徳はさっぱりの『私利私欲』の人といわれてきた。しかし実際は違った。父親から『自分の善行を世間に吹聴するようなことをしてはいけない』と厳しく教えられた。早稲田大学創立の際や、東京大学安田講堂、日比谷の東京市政調査会(現・後藤・安田記念東京都市研究所)などに巨額の寄付をしながら、名前を一切出さなかった。安田の名前が付いたのは東大やその他の関係者の強い希望を断り切れず2代目善次郎が同意したからだ」
--陰徳を守り抜いたわけだが、後輩に残した教えは
「善次郎が78歳のときに出版した『意志の力』という本がある。その中に『才気抜群、将来有望な青年と期待された秀才の多くはかえって失敗者として一生を終わることが多い。小さい障害困難にすぐ気が変わり右往左往してしまうからだ』とある。天才といえども意志力を土台に持っていなければ値打ちはないということで、これは世の天才に対する警告でもある」