統合型リゾート施設(IR)の誘致を目指して各地の自治体が取り組みを進める中、巨額の費用負担を懸念する声が上がっている。IRの建設には、周辺の都市開発やインフラ整備が欠かせないためだ。ただ海外の先行事例では、IR事業者が地元にインフラ整備費などを支出するケースが少なくない。米国で今夏開業した最新IRは、600億円規模の支出を表明している。IR事業者から地域貢献をどれだけ引き出せるかは、日本でも議論となりそうだ。
■年間800万人見込む
米東部、ボストン市に隣接するエバレット市に今年6月、IR「アンコール・ボストンハーバー」がオープンした。670室のホテルやレストラン、約5千人収容できる会議場などを備え、年間800万人の来場を見込む。中核施設のカジノはフロア面積が1万9500平方メートルで、IR全体(延べ28万8000平方メートル)の6・8%を占める。
運営するのは、米ラスベガスやマカオにも展開する米IR大手、ウィン・リゾーツ。同社日本法人のクリス・ゴードン社長は、ボストンの施設開業までの経緯を振り返り「日本でもボストンの経験を生かせる」と強調する。
アンコール・ボストンハーバーが立地するのは、ボストン中心部やローガン国際空港から約8キロ、新たな賑わいを創出しようと開発が進むエリアだ。ただ、もとは化学工場の跡地で「誰も使いたがらなかった」(ゴードン氏)という。
■汚染土壌、自前で除去
ウィン・リゾーツは2014年に15年間のカジノ営業認可を取得し、IR建設に着工。汚染土壌88万トンの除去は地元自治体の援助を受けず、同社が6800万ドル(71億7千万円)を投じた。
周辺の混雑回避のため道路拡幅工事には6500万ドル(68億5千万円)を支出。ボストン中心部まで約15分で結ぶ水上バスの乗り場も整備した。今後も、地下鉄駅からの歩道橋設置など、カジノ営業認可の期間中に5億ドル以上(527億円)の追加支出を検討するとしている。
他にも地元への経済効果は大きい。マサチューセッツ州を中心に5500人の従業員を雇い入れ、同社は「州内で5指に入る雇用主」とアピールする。エバレット市に接するモールデン市のゲイリー・クリステンセン市長は「人口6万人の市から400人が雇われている。今後も100万ドルの投資を約束してもらい、議会でIR建設に反対はなかった」と顔をほころばせる。
海外のIRではほかに、シンガポールの「リゾート・ワールド・セントーサ」の建設当時、運営するゲンティン・グループが7ヘクタールの埋め立てや橋、道路整備を実施。また同社は2024年までに自動運転交通システム導入に投資することも明らかにしている。
■「事業者の提案次第」
同じシンガポールの「マリーナ・ベイサンズ」でも、運営母体のラスベガス・サンズが開業時に周辺道路の整備などを実施した。米コネティカット州の「モヒガン・サン」ではモヒガン・ゲーミング・エンターテインメントが交通インフラ投資を行った。
日本国内でIR誘致を正式表明しているのは、大阪府・市と和歌山県、長崎県の3地域。いずれも雇用創出など経済効果をアピールするが、大阪の一部事業を除き、IR事業者に求めるインフラ投資などへの負担には議論が及んでいない。
大阪府・市は誘致先の人工島・夢(ゆめ)洲(しま)へのアクセスを確保するため、大阪メトロ中央線の延伸を予定。整備費約540億円のうち202億円の負担を条件にIR事業者を募集する。ただ、ほかに具体的な数値は示しておらず、雇用や地元産品の使用などについては「事業者からの提案を見て考えたい」(担当者)とする。
長崎県は、建設候補地ハウステンボス(佐世保市)へのアクセスが課題で、長崎空港や福岡県からの高速道路整備、海上交通路の新設などが欠かせない。事業者にも負担を求める意向だが、現状は「(事業者の)提案次第」としている。
和歌山マリーナシティ(和歌山市)を候補地とする和歌山県は「すでに交通インフラは整備できている」という考えだ。担当者は「IR事業者の計画によっては新たな整備が必要になるかもしれない」としつつ、現時点では事業者側に負担を求めないと話す。雇用や食材・資機材調達で「地元優先の仕組み」を求めるが、数値目標は設定しないという。
■国の「方針」遅れ影響
自治体がIR事業者の負担に踏み込めないのは、政府の「IR基本方針案」公表の遅れも影響している。
昨年7月に成立したIR実施法では、政府がIR立地区域の選定基準などを基本方針に定め、自治体は方針を踏まえてIR事業者の公募・選定を進めるとしている。基本方針案は当初、今夏にも公表される見通しだったが、現在は11月に方針案が公表され、年度内に正式決定の方向で調整されている。
誘致に動く自治体の関係者は「基本方針案が示されない限りは事業者に求める負担内容も固まらない」と話す。今秋の基本方針案の公表とともに自治体のIR事業者選定が加速し、事業者による地域貢献の議論が本格化する可能性がある。(岡本祐大)