あえて非効率に
珈琲西武がこだわっているのが「非効率」だ。「言葉を選ばず言えば、極力無駄なことをやろう、というのが大きなこだわり。だから、手作りできるものは手作りをする」(村山氏)。
例えば、「自家製プリンのプリン・ア・ラ・モード」(1300円、税込)に使われるプリンは、読んで字のごとくシェフが手作りしている。これだけでは「別に普通じゃないか」と思う人もいるかもしれない。ただ、「プリンだけ」の商品は存在せず、プリン・ア・ラ・モードでしか使われないというから驚きだ。「プリン・ア・ラ・モードが注文されなければ無駄になってしまうかもしれない。しかし、商品に自信があるからこそこうした思い切ったことができる」と村山氏。
今ではコーヒーに欠かせないものといっても良いガムシロップも、毎日水と砂糖から手作りしている。モーニングなど、料理のプレートで付け合わせとして提供されるポテトサラダも手作りだ。
ガムシロップもポテトサラダも、多くの店では既製品を仕入れて使用している。「そうしたものを使うことももちろん否定しない。ただ、そうすると『文句』はないけど『感動』は生まれない。例えば『このポテトサラダ、お母さんの味に似ているな』と思ってもらうことができたら、きっと当店の魅力が伝わる」と村山氏は話す。
2020年のオリンピックを新たなきっかけに
今回2号店を開いたのは、2020年に東京でオリンピックが開催されるからだという。珈琲西武がオープンした1964年は、東京オリンピックが開催された年でもある。これについて、村山氏は「日本が復興で盛り上がり、最も元気があった時代の1つ。そこに東京オリンピックが開催され、当社としても1つの節目を作ることができた」と話す。「2020年に再び東京でオリンピックが開かれることになり、『珈琲西武として新しいことをやってみよう』となり、2号店をオープンした」。提供されるコーヒーカップの裏には「1964」と刻み、ソーサーには「2020」と刻まれている。
同グループは、創業者が1945年に始めた靴の販売や飲食業にルーツを持つ。戦後の復興時代に必要とされた、スマートボールやキャバレーなどの娯楽業を展開し、成長を続けてきた。復興の流れの中、新宿が盛り上がっていた時代に珈琲西武はオープンした。
「オープンした当時は復興が落ち着き始めて、生活をより良くしていくという流れがあった」と村山氏。社会に「復興」という重しがなくなり、「楽しむ」へと人々の関心が移りつつあった時代だという。当時は新宿三丁目周辺に数多くの喫茶店があったというが、今ではその数は大きく減少している。
目まぐるしく変化を遂げる街の中で、珈琲西武はどのように変化をしてきたのか。村山氏に聞いたところ、「商品やサービス自体は昔から大きく変わってない。むしろ変わったのは外部環境の方だ」と話す。「その時代のムーブメントに合わせて店作りをしていたのでは、時代が変わったらダメになってしまう。『これが良い』と思ったものを突き通せば、成功する可能性も高まるはず」。