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日産が新車で反転攻勢へ 成否のカギはラグビー日本代表にあり (2/2ページ)

 エスピノーサ氏は、新車発売の遅れについて「平成23年の(東日本大震災や円高、沖縄県・尖閣諸島の国有化をめぐる中国の不買運動などの)危機と、電動化への取り組みに注力していたため」と説明した。報道陣からは、「ゴーン被告の事件に伴う経営陣の交代も遅れにつながったのか」という質問も。これに対し、エスピノーサ氏は「答えはノーだ。電動化への取り組みは前もってプログラム(計画)されていた」と力説した。

 ラグビーのような「多文化共生」を

 新車開発の中核を担う彼ら3人は共に外国出身だが、功成り名を遂げた後にライバル社から引き抜かれたり、企業連合を組む仏自動車大手ルノーから送り込まれたりしたわけではない。大学卒業や経営学修士(MBA)取得と同時に日産の欧米現地法人に入社したり、若い頃に他社から転職したりして日産の門をくぐった。

 しかし、日産が、海外の現地法人で採用された多くの優秀な人材を本社部門に登用し始めたのは2000年代に入ってからという。ある幹部は「ゴーンさんの考えだ」と打ち明ける。毀誉褒貶(きよほうへん)の激しいゴーン被告も、優秀な外国人材の登用という面では評価されている。

 3人は、説明会で「日産の心は強い」「『フェアレディZ』のDNAをずっと受け継いでいる」「日産(の源流となった快進社)は明治44年(1911)年創立の日本初の自動車メーカー」などと愛社精神を打ち明けていた。

 ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、日本代表チームは31人中15人の外国出身選手がベスト8入りを支えた。日本人選手を含む「多文化共生」を可能にしたのは、日本代表としての誇りをチーム一丸となってはぐくんだ成果だった。

 多文化共生は、日産においても復活の鍵を握っている。(藤原章裕)

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