高論卓説

人口減少都市・横須賀の戦略 「暗闇の美術館」新たな価値提案

 日露戦争の連合艦隊の旗艦「三笠」が記念館になっている、神奈川県横須賀市の三笠公園の桟橋から東京湾唯一の自然島の猿島行きのフェリーは出港する。あかね雲が空に刷(は)いたように、夕日に照らされ、夜のとばりが落ちて船は港を滑り出た。目の前に標高約40メートルの小高い丘のような島に、10分ほどで到着した。

 「SENSE ISLAND 感覚の島」という夜の静寂と暗闇の中で、島内に点在する十数点の作品を楽しむ、横須賀市主催の美術展に参加した。最終日に当たっていた12月初旬の休日は、4回のフェリーで到着する入場券は完売。1回に200人ほどが島に上陸すると、受付で渡された封筒にスマートフォンや携帯電話が封印された。島の高台から一筋の光が目の前の海の一点を照らし出す。空を見上げると、一筋の光が中空を切り裂いて中空に消えていく。この光の芸術が、参加者を迎える最初の展示である。

 学芸員が30人ほどのグループを誘導していく。一人一人に懐中電灯を渡すが、できるだけ消灯して暗闇の中で感覚を研ぎ澄ますことを勧め、かつ私語を禁じる。ロウソクが所々にともっているトンネルの中で、風鈴のような音が聞こえてくる。高台から海辺に下っていくと、視界が開ける。学芸員から聴診器を渡されて、自分の心音や地面の音を聴くように促される。

 夜の静寂と暗闇と空間が観客にいくばくかの不安を与えて、展示物を鑑賞したあとには感動があふれてくる。孤島の美術展は、消費者の関心を引くメッセージを作り、商品やサービスを人々の意識に浸透させる「ストーリー・ブランド戦略」の成功事例といえるだろう。

 同名の著作(力丸祥子訳・ダイレクト出版)の中で、この分野の先駆者であるドナルド・ミラーは、その戦略を要約している。「何らかの目的を持つ主人公が、それを達成する前に問題に出くわす。主人公が絶望の淵に立たされたとき、導き手が現れて、計画を授け、行動を促す、その行動により、主人公は失敗を回避して、成功に至る」

 横須賀市は今秋から「Yokosuka Art&Music Festival 2019」と題して、ジャズの野外演奏会や廃木で作った動物を飾る催し、住友重機械工業の旧浦賀工場跡地のレンガ造りのドックのプロジェクトマッピングなどに取り組んできた。ストーリー・ブランド戦略が一貫している。

 横須賀市は中核都市の指定を受けながら、人口の急減と高齢化が急速に進んでいる。総務省の2013年の「住民基本台帳人口移動報告」によると、転出超過人口が全国1位だった。その後も、転出超過の上位に位置している。人口のピークだった1992年には43万5337人を数えたが、2018年には40万人を割り込んだ。全国の65歳以上の高齢者人口が総人口に占める比率は、18年9月現在28.1%と推定されているのに対して、横須賀市は同年10月現在で31.02%である。

 猿島から三笠桟橋に戻ると、旗艦「三笠」を背にして、東郷平八郎元帥の銅像が横須賀の街を望んでいた。旧海軍ゆかりの「海軍カレー」のレトルト食品の土産と、新たな猿島のストーリーの余韻を楽しみながら帰路に就いた。

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【プロフィル】田部康喜

 たべ・こうき 東日本国際大学客員教授。東北大法卒。朝日新聞経済記者を20年近く務め、論説委員、ソフトバンク広報室長などを経て現職。福島県出身。

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