専欄

『Lemon』替え歌に見る屈託

 昨年末、中国でも2019年の流行語が発表された。政治や社会など、幅広いジャンルから選び出され、バラエティーに富んでいる。「安全第一条」「檸檬精」「996」「14億護旗手」…。分かるものもあれば、分からないものもある。

 中でも興味を引いたのが「檸檬精」だ。かわいらしい絵文字の檸檬(レモン)は、時に一筋の涙を流す。「私、檸檬精になっちゃった」。その意味は「メチャ羨(うらや)ましい!」といったところか。他人の幸運に対して、心が「酸っぱく」なった複雑な心情を表す際に使われている。(ノンフィクション作家・青樹明子)

 そもそも中国人はどんな時に、「檸檬になる」のだろうか。

 参考になるのが、日本で大ヒットしている楽曲、米津玄師さん作「Lemon」の替え歌である。歌うのは素人ではなく、若手俳優と若手歌手。インターネットテレビを中心に多くのファンを生み、注目を集める2人だ。

 替え歌の歌詞は、現代中国社会を端的に表していて、実に面白い。

 「ある日、微博(ウェイボー)を開いたら、友達の月収が3万8000元(約60万円)だと分かった」「あいつは家が立ち退きを迫られて、ヨーロッパ旅行に行ったらしい」。そこで思った。「もしかしたら、僕はだまされていたのかもしれない!と」…。

 つまり、「自分をアホな負け組と言っている友達が、実はみんな僕より格段に上だと知ってしまった」のである。

 「なんであいつはドバイに旅行できるんだ!」「あいつの親はなぜ大企業をつくれたんだ!」と、金持ちの他人を羨み、「あんなにいっぱい食べても、自分より痩せているうえ、恋人までいる!」「あいつはネットゲームでズルしているのに、締め出されないのはなぜだ?」「奴はこれを転送するのに『iPhoneX(アイフォーン・テン)』を使っている!」と日々の暮らしの鬱憤も織り込んでいる。

 そして「自分は運が悪い」と分かり、「胸は痛み、悔しい思いを免れず、涙がこぼれる」。困ったことに、「檸檬の味は、一つ波が過ぎたと思ったら、すぐに次の波がやってくる」のである。

 改革開放前、つまり完全な社会主義国だった時代、人々は全てが同一だった。自由はないが、平等である。誰もが貧しく、新しい物が出ると、それを囲んで、ただ眺めるばかりである。

 「いいね、これ」「うん、欲しいね」

 しかし今は違う。どんなに高額なぜいたく品でも、買うことのできる「誰か」がいる。すると当然、買える人を羨み、果てしない嫉妬の感情が芽生えてくる。

 幸せとは何か。替え歌一つに、人生の命題が見え隠れしている。

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