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「デロリアン」「フォードVSフェラーリ」…自動車興亡史に童夢創設者も共感 (2/2ページ)

波溝康三

 ライバルメーカーの骨肉の戦い

 今月10日、全国で封切られた「フォードVSフェラーリ」は、世界最高峰の24時間自動車耐久レースのル・マンに挑むレーサーやエンジニア、経営者たちの戦いを描いた大作だ。

 常勝チームのフェラーリに敵対心を燃やすヘンリー・フォード2世は、元レーサーから自動車会社「シェルビー・アメリカン」を設立したキャロル・シェルビー(マット・デイモン)と天才レーサー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)を雇ってチームを強化し、ル・マンに挑むが…。

 林さんは1979年から計8回、ル・マンに挑んでいる。

 「最初は、ただ日本から参加できることがうれしかったのですが、3回目ぐらいからは本気で勝ちたいと思い始めました」と振り返る。

 映画では、フェラーリの買収に失敗したフォード2世が、エンツォ・フェラーリに復讐するため、シェルビーとマイルズにプレッシャーをかけながら、ル・マンに挑む姿が印象的に描かれる。

 伝統あるフェラーリやフォードでさえ、企業の総力を挙げて臨まなければ勝てないのがル・マンだ。

 長年の夢を叶え、喜び勇んでル・マンのレース会場に到着した林さんだったが、いざ乗り込んでみて目の前で見せつけられた光景に愕然としたという。

 「我々、童夢は日本から小型トラック1台で参戦。これに対して海外のメーカーは大量の部品などを大型のトランスポーター数台に載せて来ているのです」

 創設されたばかりの京都の小さなコンストラクターに勝算はあったのだろうか。

 「激しい環境の耐久レース。24時間走っても壊れない車を作ることは至難の業です。でも、最初の2~3周目までトップを走ったレースもあったんですよ。ただ、その後、すぐにリタイアしてしまいましたが…」と林さんは苦笑した。

 童夢は計8回参戦し、最高位は4位。

 「映画のように、最高のコンストラクターと、ル・マンを知り尽くしたトップレーサーを招集してチームを組み、総力で臨まなければ、ル・マンで勝つことはできないことを思い知らされました」

 物作りに懸けた魂

 林さんは、こう謙遜するが、日本からはトヨタやマツダのような巨大企業が、何十年も費やしてようやく戦えるチームを作り、参戦するのがル・マンの世界。この、世界の自動車メーカーがしのぎを削る戦いの舞台に、日本の小さな地方企業が挑み続けた歴史は、現在から振り返ると、奇跡か、夢のような話でもある。

 「結局、『童夢 零』の実車は市販化できなかったのですが、模型化され、玩具が大ヒットしたんですよ。おかげで、その利益でレースに挑戦し続けることができたんです」

 レーシングカーを設計するために、童夢が滋賀県内に作った風洞実験の設備や、カーボンモノコックを作る炭素繊維などの複合材料の開発技術などは、その後、大手企業に売却されるなど、林さんが生涯をかけて取り組んできたレース活動の成果は、日本のレース界や産業界に大きな影響を与え続けている。 

 自分の理想の車を追い求めたデロリアンの物作りの精神や、純粋にレースが好きで、ル・マンに人生を懸けたシェルビーやマイルズと、林さんの情熱が重なって見えた。

波溝康三(なみみぞ・こうぞう) ライター
 大阪府堺市出身。大学卒業後、日本IBMを経て新聞記者に。専門分野は映画、放送、文芸、漫画、アニメなどメディア全般。2018年からフリーランスの記者として複数メディアに記事を寄稿している。

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