“名古屋めし”の代表格とされる「きしめん」。一時は人気が低迷、生産量が大きく落ち込んだものの、地元業者による地道な新商品開発や普及活動に加え、愛知県が品種改良した小麦の生産も軌道に乗り、近年は復活を果たしつつある。
2000年代前半、名古屋を本拠地とする居酒屋チェーン店が相次ぎ東京に進出。手羽先やみそカツ、ひつまぶしが全国に広く知られるようになった。一方で、これらに比べてインパクトに欠けるきしめんはブームの波に乗り遅れ、売り上げが落ち続けたという。
05年の愛知万博。名古屋市東区で製麺業「角千本店」を営む加古守さん(76)はお土産屋で伊勢名物の「赤福餅」に観光客が集まり、きしめんを手にするのはわずかなのを目の当たりにした。
「このままでは400年続いた食文化が途絶えてしまう」。危機感を抱いた加古さんは08年、同業者らと「愛知県きしめん普及委員会」を設立、会長に就任した。
若者をターゲットにし、エビフライやカレーと組み合わせた新商品を提供。さらに健康志向の高まりに合わせ「ウコン」や「よもぎ」を混ぜ込んだ製品を大学生と共同開発した。
県も小麦の新品種で後押しした。きしめんやうどんに適した「きぬあかり」の栽培を本格的に開始、12年に145ヘクタールだった作付面積は19年に4833ヘクタールまで拡大した。「コシが強く喉ごしのよい麺が打てる」と好評だ。
農林水産省の統計によると、きしめんを含むひらめんの全国の生産量は09年の約2270トンから、18年の約4520トンまで回復した。現在県別の詳しいデータはないが、09年までの統計では愛知県が全国の3割前後を占めており、加古さんは県の生産量増加が押し上げたとみている。
官民挙げての取り組みが功を奏したと言え、委員会のメンバーも「手応えを感じる」と口をそろえる。
加古さんは「何十年もかけて広まってきた『讃岐うどん』のように、名古屋と言えばきしめんとなるようにしたい」と意気込んでいる。