中小企業へのエール

江田島海軍兵学校の今 経営にも通じる「栄枯盛衰」

 □京都先端科学大・旭川大客員教授・増山壽一

 初めて広島・江田島にある旧海軍兵学校を訪れた。広島港から船とバスで小一時間、はるか遠くなった明治・大正・昭和を感じた。英ダートマス、米アナポリス、日本の江田島は世界三大兵学校と言われた。現在は、海上自衛隊の第1術科学校となっていて海上自衛官OBのガイドで見学ができる。

 呉が大空襲で破壊され、広島に原爆が落とされたがこの兵学校は無傷で終戦を迎えた。占領後、連合国が宿舎にするためにあえて空爆しなかったという説が濃厚というが、戦前から英米兵学校と長く交流を重ねてきた歴史により、相手国に対する礼儀として空爆を避けたのではないかと私はここに来て感じた。

 これまで、靖国神社の遊就館や鹿児島の知覧特攻平和会館などを訪問し特攻隊員の遺書などを見るたび、当時の組織が若者に遺書を書かせるようなシステム、結果を作ったことに憤りを感じ心が重くなった。

 しかし、江田島は違った。特攻隊員の遺書も展示されているが、大半は明治維新からわずか50年で大国ロシアを撃破した慎重な長期的人づくりの歴史を見ることができる。

 全国から心身健全な少年を集め、誘惑のない江田島で寝食をともにする。時には外国人を交えて自由なる雰囲気の中で議論と訓練を行う気概を感じ、生徒たちの肉体のみずみずしさに感動するばかりであった。良き意味でのエリート教育が生むものは、このような素晴らしい精神と肉体からであろうと感じた。

 第二次世界大戦開戦後は生徒数が大幅に増え、教育期間も短くなり、自由な校風もなくなり、軍の道具機関となっていく。だが唯一の救いは、大本営が「英語教育は敵性語」と禁止を命じても、当時の井上学長は「世界を相手にする海軍士官が、英語一つもできないようでは話にならない」と断固拒否を貫いた話には救われた。このおかげで兵学校卒業生は、実社会で活躍する上で英語力が大きな武器になったという。

 見学後、食堂で研修生と同じテーブルを囲む機会を得た。私は海軍カレー、彼らはラーメン。非番で、今から広島に行くと目が輝いていた。彼らには、旧海軍兵学校の歴史は正直重すぎるとのこと。最高の難関校にして世界的にも有名な兵学校だったが、戦後閉校し学制改革で短大卒相当となったことを知ると、それもある意味しかたないかと思ってしまう。

 エリート教育とは何か、誰に何を残していけるのか考えさせられる小旅行であった。江田島での「栄枯盛衰」は、経営にも通じるところが大いにある。

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【プロフィル】増山壽一

 ますやま・としかず 東大法卒。1985年通産省(現・経産省)入省。産業政策、エネルギー政策、通商政策、地域政策などのポストを経て、2012年北海道経産局長。14年中小企業基盤整備機構筆頭理事。旭川大学客員教授。京都先端科学大客員教授。日本経済を強くしなやかにする会代表。前環境省特別参与。著書「AI(愛)ある自頭を持つ!」(産経新聞出版)。57歳。

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