バブル以降使われず
回答者の50~60代が「冷コー」と呼んでいたのは、今から30、40年ほど前。昭和の終わりから平成の初めで、バブル時代と重なる。その頃以降、アイスコーヒーにとって変わられたことになる。
喫茶店数はバブル期前後と近年を比べると、激減している。国の事業所統計調査と事業所・企業統計調査、経済センサスによると、全国の喫茶店数(民営)は右肩下がりで減り続け、バブル初期にあたる昭和61年の15万1051店から平成28年には6万7198店と56%減少した。
ただ、大阪府内の喫茶店は同じ期間で2万1889店から8680店と60%減少したものの、都道府県で最多の座を維持し続けている。大阪の喫茶店数の多さについて大阪文化に詳しい前垣和義・相愛大客員教授(73)は「中小企業が多く、会議スペースが十分ではなかった会社の商談が喫茶店で行われたことが影響している」と指摘する。
こうした喫茶店の減少の一方で、スターバックスなどの大型店の参入が進む中で、「冷コー」は忘れられていった。現在、大阪の喫茶店のメニューは「アイスコーヒー」と書かれることが一般的だ。
前垣客員教授は「喫茶店は、マスターとしゃべったり常連同士が親しくしたりと、人と人との接点の場でもあった。大型店では、そんなことも起こりにくい。喫茶店が減少し、『冷コー』の言葉が消えていることには寂しさを覚える」と話した。