寄稿

国別目標(NDC)の強化へ向けて

 □WWFジャパン自然保護室 気候変動・エネルギーグループ長 山岸尚之

 ■日本に求められる野心強化へのリーダーシップ

 2020年は、気候変動対策の国際的枠組み「パリ協定」が本格実施されるとともに、各国が温室効果ガス排出削減目標など国別目標(NDC)の野心を強化できるかどうかの正念場になりそうです。

 ◆2つの5年サイクル

 各国が現在、パリ協定のもとで誓約しているNDCの中の排出削減目標を足し合わせても、パリ協定の目的「産業革命前からの世界の平均気温上昇を2℃より十分低く抑制するとともに、1.5℃を目指す努力をする」には届かず、「3℃上昇」へ向かってしまうことが分かっています。

 こうした状況を改善するべく、パリ協定には、2つの“5年サイクル”が存在します。

 1つは、各国が国連にNDCを提出するサイクルです。これには前進性の原則が適用され、前に出した目標よりも前進を見せないといけないことになっています。

 もう1つは、世界全体で排出削減の進捗を確認するグローバル・ストックテイクと呼ばれる作業を行うサイクルです。ここで確認された進捗具合を考慮して、各国は前進したNDCの提出準備に当たります。

 これら2つのサイクルは、2年のずれをもって連動する形で実施されます。最初のグローバル・ストックテイクに当たる「タラノア対話」は2018年に実施され、それをもとに2020年に最初の目標(再)提出を行います。

 今回のサイクルはやや特殊で、パリ協定の本格開始前ということもあり、各国には2015年時点で提出した既存の2030年目標を見直すことが期待されています。次回の2025年以降からは、2031年以降の期間を対象にした次期目標を出すことが期待されています。

 ◆各国の検討状況

 昨年末のCOP25(国連気候変動枠組条約第25回締約国会議)は、こうしたタイミングを踏まえ、2020年に各国がNDCを再提出する際に、目標の引き上げを促すことができるかどうかが大きなポイントの1つになっていました。

 COP25の議長国チリは、昨年9月にニューヨークで開催された国連気候行動サミットで、「気候野心同盟」(Climate Ambition Alliance)というイニシアティブを立ち上げました。その中で、73カ国がNDC強化(目標引き上げ)の意志を表明し、11カ国が改定に向けた国内プロセス開始を表明しました。

 その後、強化・改定への意志を表明する国が増え、世界資源研究所(WRI)の調べによると、本稿執筆時点で3カ国がすでに目標を再提出し、107カ国が強化、36カ国が更新の意志をそれぞれ表明しているということです。

 すでに目標を提出した3カ国は、マーシャル諸島、スリナム共和国、ノルウェーです。

 太平洋のマーシャル諸島は、2018年の時点で、「既存の2025年目標+暫定2030年目標」を、「2030年目標+暫定2035年目標」へと先行して更新しています。南米北東部にあるスリナム共和国は、定量的な目標ではないものの、対策の対象範囲を森林と再生可能エネルギーから、電力、道路輸送、農業、森林分野へ拡大しています。

 北欧のノルウェーは、2030年までに1990年比で少なくとも40%削減という目標を、「少なくとも50%、55%に向けて削減」と前進させています。これは、後述する欧州連合(EU)で検討中の目標に合わせたと推測できます。

 目標を今後強化する意志を表明した107カ国の排出量の合計は、世界全体の15%程度とされていますが、G20諸国の中でここに含まれているのはメキシコとアルゼンチンだけです。

 EUや日本などは、強化を明言しない「更新」を表明している36カ国の中にカウントされています。もっとも、EUは2019年12月11日の時点で、グリーン・ディールを発表しており、その中で、2020年夏までに2030年目標を「少なくとも50%、55%に向けて削減」に引き上げる提案を今後検討することが分かっています。

 ■提出期限?

 パリ協定が採択されたCOP21の決定文書(第25パラグラフ)には、NDCをCOPの9~12カ月前に提出せよという文言があります。

 異なる解釈もありますが、素直に解釈すれば、COP26(英グラスゴー)は11月9日から開催されるため、提出期限は9カ月前の2月9日となります。しかし、本稿執筆時点で提出している国はほとんどありません。

 そもそも、この第25パラグラフの規定が設けられた背景には、パリ協定以前の議論で、「事前協議」という形で新しく提出された目標を互いに正しく理解し、吟味しあう期間を持つことが意図されていました。パリ協定のもとの目標は、各国がある程度の裁量を持って決めることができるので、その意味や意義を理解するには時間がかかるためです。

 しかし、5年前に出した目標を変更しないのであれば、この決定の意図からして期限を守って早期提出する意味はあまりありません。

 ◆強化のメッセージの積み上げ

 現時点で、世界の5大排出国(中国、米国、インド、ロシア、日本)の中に、目標の強化を明確にしている国はありませんが、グループとして大きなEUが、目標強化に向けた内部プロセスを進めています。どの国の内情も厳しく、「野心強化」には、国際社会全体の努力の中で、少しずつ気運を創り上げていくしかありません。

 ブレグジット(EU離脱)に揺れる英国も、COP26で「野心」を重視する姿勢を示す中、日本では、既存目標をそのまま提出しようという意見もあるようです。もしそのようなことをしてしまえば、目標強化を検討している107カ国に対し、「そのままでよい」という誤ったメッセージを出してしまうことになります。日本にリーダーシップが求められる中、期待を大きく裏切る行為になるでしょう。

 排出大国の動向は予断を許しません。しかし、その中で前向きな気運を生み出す国となれるのか、気候危機を見て見ぬふりをして流される国になるのか。この問題に立ち向かう国としてのビジョンが問われることになりそうです。

                  ◇

【プロフィル】山岸尚之

 2003年に米ボストン大大学院修士号を取得後、WWFジャパンで温暖化とエネルギー政策提言に従事。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus