世界各国が、個人のスマートフォンから収集されるデータを利用した新型コロナウイルス対策を取り始めている。その方向性は大きく3つに分かれる。(山本龍彦)
当局がGPS(衛星利用測位システム)位置情報を含む個人情報を積極的に収集し、感染者らの動向を詳細に把握して厳しい行動制限を行う「積極監視型」。当局が電話番号などの個人情報を限定的に収集し、感染者との接触を個別に通知して個人の行動変容を促すほか、当局による濃厚接触者の把握・管理のために利用する「積極管理型」。個人を特定する情報を収集せず、端末などとひも付く識別情報を限定的に収集し、感染者との接触を通知して個人の自主的な行動変容を促す「自己規律型」-である。
積極監視型を取る国として中国、積極管理型としてシンガポール、自己規律型はドイツなどが挙げられる。
日本政府がリリースした接触通知アプリは、自己規律型に位置付けられ、個人の選択の自由とプライバシーに最も配慮された設計となっている。
日本では、この政府アプリに加えて、複数の自治体が、施設・店舗に掲示されたQRコードを来た人に読み取らせ、メールアドレスなどの識別情報を任意で登録させて、施設に感染者が出た場合にその旨を通知する、施設単位の接触リスク通知の導入を始めている。
さらに、IT事業者などが、匿名データを使って、「密」エリアや公共交通機関の混雑状況を知らせるサービスを行っている。
現段階で日本は、政府による個別接触単位のリスク通知、自治体による施設単位のリスク通知、IT企業による「密」情報の提供サービスなどを組み合わせ、個人がそれらの情報に基づき自ら考え、早めの受診や自主隔離といった行動を取ることを期待し、もって感染拡大を防ぐ戦略を選択した。良く言えば自由に配慮した、悪く言えば「個人頼み」の対応といえる。
従って、まず懸念されるべきなのは、プライバシー侵害や監視国家化ではなく、感染拡大防止の効果である。政府アプリは、実際に人口の6割程度が利用しないと効果が出ないと指摘されるが、いったいどれだけの人がアプリを利用し、行動を自主的に変容させるか。政府や自治体は、透明性を高めて信頼を確保するとともに、アプリ利用のメリットを明確に打ち出すなどして、利用率を上げることが不可欠となる。
自由な社会に最も適合的なのは確かに自己規律型であり、まずはこのモデルの成功に向け最大限の努力をするべきだ。私たちも、アプリとともに暮らすことを新たな日常と捉えていく必要がある。
しかし、楽観はできない。自己規律型が有効に機能しない場合に備え、今から次の対策を検討しておくことが重要だ。感染拡大のレベルに応じて、任意から強制に移行し、また収集する個人情報を増やしていく必要があるかもしれない。その場合には、国民に丁寧に説明した上で、法律により利用目的や、情報の保存期間を限定するなど、監視を「平時」まで持ち越さない断固たるけじめが求められる。
中国のような権威主義国家との本質的な違いは、データを積極的に使うか使わないかではなく、使う場合にしっかりと民主的なブレーキをかけられるかどうかなのである。
【プロフィル】山本龍彦
やまもと・たつひこ 慶応大教授。1976年東京都生まれ。慶応大博士。専門は憲法学。コロナ対策の政府アプリの有識者検討会委員。著書に「おそろしいビッグデータ」など。