ビジネスアイコラム

もうけのためなら何してもいいのか 香港抑圧が問う強欲資本主義

  トランプ米大統領は14日、「香港自治法」を成立させ、対中金融制裁を発動できるようにした。同法は、中国の習近平政権が施行を強行した「香港国家安全維持法(国安法)」が香港の人々の自由と権利を奪うものとみなし、同法を振りかざす党幹部、組織に対して資産凍結やビザ(査証)発給停止などの制裁を科すばかりでなく、香港抑圧に加担する金融機関に対しては、中国系、外資を問わず米金融機関とのドル取引を禁じるとしている。

 習政権は例によって攻撃的な姿勢を変えず、米国に同調する外資系金融機関や企業に報復を辞さない構えで、香港に拠点を置く日本の銀行や企業は米中の板挟みになりかねない。その習政権が西側資本をひきつける決め手とするのが、西側資本の強欲主義である。中国分析第一人者の石平さんによれば、中国共産党の西側資本主義に対する見方は、カール・マルクスが描いた19世紀の非人間的な資本主義モデルだという。

 現代資本主義は、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で解き明かしたように、市民社会の道徳や倫理が強欲を抑えるし、J・M・ケインズが「一般理論」で分析したように、完全雇用のために政府が重大な役割を担うことになっている。他方で、ミルトン・フリードマンに代表される市場原理主義は、宇沢弘文さんに言わせると「要するにもうけるためならば何をしてもいい」ということになる。その市場原理主義に米国では反省機運が高まっているのに、日本ではいまだに幅を利かせているのだから、習氏にとってみれば、「くみしやすい日本」ということになるかもしれない。

 ともかく、いくら西側が共産党の対香港政策を批判しようとも、外国の投資家や企業、金融機関は香港市場でもうけられる限り、香港にとどまり、香港経由で対中投資を続けると、習政権はタカをくくっている。ことに香港株の上昇は習政権の格好の宣伝材料でもある。国安法によって情報の自由が奪われる香港市場に対する国際社会の不安に対し、「香港は安全になる。さらにこれからも有望な中国の成長企業が香港市場に続々と上場するので、もっと安心できる投資機会となる」といった具合だろう。実際に、日米欧の経済メディアはそう報じている。

 香港市場と上海、深セン市場は「ストックコネクト」と呼ばれる証券取引所間の相互取引制度がある。中国の投資家にとって最大のうま味は人民元で香港株を買えることだ。中国の銀行が融資を通じていくらでも供給できる人民元資金をそのまま香港の中国企業株に投資して、相場を押し上げると、巨額の売買益を米ドルで手に入れられる。国安法施行後の7月2日以降、ストックコネクト経由の香港株買いが急増、それにつられて香港株価が高騰し続けている。香港証券取引所の売買高に占めるストックコネクト分のシェアは6月の16%から一挙に23%へと跳ね上がった。

 中国企業の香港上場は、香港平均株価上昇の原動力である。米政府と議会が中国企業の米市場に上場している中国企業の不透明な財務内容を厳しくチェックし始めたのを嫌がり、上場基準の緩い香港市場への新規上場ラッシュが起きている。6月末の中国企業の香港市場時価総額は78%と、香港市場は文字通り中国化した。それは皮肉にも中国共産党が批判した強欲市場そのものである。

 中国本土側は西側ビジネス界の強欲につけ込み、自らも香港で巨額の株売買益をむさぼる。対する資本主義の総元締めで覇権国・米国は基軸通貨ドルの供給停止をちらつかせて香港の自由を犠牲にしかねない強欲資本に冷や水をかける。してみると、自問したくなる。われわれの同胞は本当に抑圧される香港の市民や若者に無頓着なただの利益至上主義者かと。(産経新聞特別記者 田村秀男)

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