リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く

ぜんち共済・榎本重秋社長(2-2)資金集めに苦労 一期一会に支えられた

 --知的障害者向け保険に携わるきっかけは

 「1989年に外資系のAIU保険(現AIG損害保険)に入社。バブル経済の絶頂期で金融が花形だったので保険業界に入った。しかしノルマが厳しい数字の世界に嫌気がさしていたころ、知的障害者向け保険を初めて扱ってくれた代理店の担当になった。AIUの保険営業のため一緒になって全国の施設や学校を回ると、家族から『いつも苦しいときに助けていただき本当にありがとう』と感謝されるので、保険は世の中の役に立っていることが分かった」

 「AIUは損害保険会社なので傷害と賠償補償だけ。知的障害者の家族から『病気の保障も付いた保険をつくろう』という話が持ち上がり、全国知的障害者共済会(全知共済)の立ち上げに保険の仕組みを知る者としてかかわった。38歳のときで、『障害者を支えていくことを一生の仕事として取り組む』と決意、転職していたチューリッヒ保険を辞めて事務局次長に就いた。その後、紆余(うよ)曲折を経て今に至った」

 --保険業法の改正が転機となった

 「政府が2006年4月、保険業法を改正。08年3月末までに共済は保険会社か少額短期保険業者に移行できなければ廃業しなければならなかった。そこで少額短期保険会社を創ることになり、私に白羽の矢が立ち06年11月にぜんち共済を設立、08年2月に登録された。準備会社設立から金融庁、関東財務局と約2年にわたり折衝した」

 --苦労が絶えなかったのでは

 「事業計画からコンプライアンス(法令順守)や内部統制といった社内規定まで会社づくりに関し、私一人でまさに寝ても覚めても付きっきりですべて手掛けた。大変だったのが資金集め。社会貢献的要素が強いのですぐに集まると思っていたが、『志は分かる』と前向きに話を聞いてくれるが『もうからない。採算が悪く保険として成り立たない』と断られた」

 「最終的には、あいおいニッセイ同和損害保険などが出資してくれて何とか集めた(資本金9460万円)。しかし事業はスタートしていないため、人件費やオフィスの賃貸料など出費がかさむばかりで、銀行の通帳を見るのが怖かった。夏はエアコンなしですごし、最後は数百万円しか残っていなかった」

 --それでもめげなかった

 「知的障害者への偏見をなくすためにも、ぜんち共済のビジネスモデルを成り立たせ、収益を出さなければいけないとの思いからだ。いろいろな人たちに支えられたからここまで来ることができた」

 「人生を振り返ると、心を痛めるとき、がけっぷちに立たされたとき、出会った人たちの中の誰かに助けられた。だから座右の銘は『一期一会』。これからも人との出会いを大切にしていきたい」

 --心に残る一冊は

 「知的障害者の雇用に力を入れた日本理化学工業の大山泰弘会長(故人)の著書『利他のすすめ』。ぜんち共済の経営理念をつくるとき、『自分とは、会社とは』を突き付けられてずっと考えていたとき読んだ。人間の究極の幸せは『人に愛されること』『人にほめられること』『人の役に立つこと』『人から必要とされること』と書いてある。人を大切にする経営、人を生かす経営、人間尊重の経営に通じる。その思想を当社にも根付かせたいと思っている」

 --健康法は

 「通勤時、自宅から最寄り駅まで約30分、毎日歩いている。スポーツジムにも出勤前に週2回通っていたが、コロナ禍で行けなくなった。ジム通いは近く復活する。今はもっぱら、自宅近くの天然温泉に行って湯にゆっくりつかっている。リフレッシュして英気を養うためだ。会社近くの靖国神社にも週1回、必ず参拝している」

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