【粂博之の経済ノート】
リニア中央新幹線の計画が大きな難所にさしかかった。南アルプスのトンネル掘削で「大井川に流れ込む地下水が減る」と、静岡県が強い懸念を示しているため工事が進まず、2027(令和9)年の東京-名古屋間開業は困難な情勢になっている。問題解決に要する時間と労力は、国家プロジェクトのリターンを得るため民主主義国家として支払うべきコストといえる。最小限に抑えるには丁寧な議論が求められるが、県側の警戒心と不信は強く難航は必至だ。
異例の会談も物別れ
「何が不安で、納得できないのか。教えていただきたい」。7月10日夕、静岡県庁に川勝平太知事を訪ねた国土交通省の藤田耕三事務次官が訴えた。トンネル掘削に備えて水処理施設などを建設する準備工事を県が許可するかどうかが、この日のテーマだった。
2週間前のJR東海による説得失敗を受けての異例の会談。川勝知事は準備工事とトンネル本体工事は「一体」であると、関係者間で「2018(平成30)年8月に確認した」ことを指摘。さらに現在、周辺で土砂災害があり、人命を危険にさらすような工事許可はできない、と付け加えた。
国交省は会談に先立ち、準備工事を進めるための仲裁案を用意していた。大井川の水問題を検討する国の有識者会議の結論が出るまで本体工事に着手しない▽県は準備工事に関する手続きを速やかに進める▽有識者会議の結論次第では本体工事の内容を見直す-の3項目。
しかし、川勝知事は譲らない。藤田次官は「一致点を見出す余地はないのか、流域の市町と話し合う場を作ってほしい」とすがり、話し合い継続の約束を何とか取り付けた。
リニアと自然環境の保護を両立させるべきことでも合意したが、川勝知事は「ルートの迂回も両立の一つの考え方」と計画の根本的な見直しを要求する可能性を示唆。県議会でもそうした意見が出ていると指摘した。
渇水の不安
問題のトンネルは全長6・5キロと、ルートの中で最長。計画全体を左右する重要な箇所だ。JR東海は、掘り進むスピードを月当たり100メートルと見込み、着工から開通まで5年5カ月かかると算定している。2027年の東京-名古屋間開業という計画を考えると、トンネル工事に「いま手を着けなければギリギリ」(JR東海の金子慎社長)の差し迫った状況なのだ。
しかし、川勝知事にも流域10市町のプレッシャーがある。知事は6月16日に開いた流域の首長との意見交換会で、大井川の水を守ってほしいと背中を押された。藤田次官との会談でも冒頭に、地元紙などが伝える首長らの不安の声を読み上げている。政治家として後には退けないのだ。
「越すに越されぬ大井川」と言われるほど流量が豊かだったのははるか昔、江戸時代の話。ダム建設などですっかり流れは細ってしまい、国交省静岡河川事務所などによると、流域では平成7年に189日間、30年は147日間にわたり節水を余儀なくされた。トンネル工事で川に流れ込む地下水が減れば最悪、渇水が常態化するおそれもある。
県は「一滴も譲れない」(川勝知事)。JR東海は、導水路トンネルを設けるなどして、湧き出た地下水を大井川に戻す計画を示しているが、全量を戻せない時期もあるという。