スポーツi.

スポーツ界における「ポストコロナの社会で必要なこと」

 新型コロナウイルス禍による「自粛生活」「新しい日常」なるものもかれこれ半年を数えんとしているが、収束の見通しは立っていない。スポーツビジネスのみならず、ビジネス界は底が見えない状態が続いている。ソーシャルディスタンスの確保の励行を迫る生活は、人々の社会的つながり・交流・他人への寛容さを徐々に奪っている。(GBL研究所理事・宮田正樹)

 分断化止める“会話”

 果たしてポストコロナの世の中はどのようなものかと考えると、人間関係の分断化がより進んだ姿ではないかと案じられる。そのような世界に対抗する文化としてのスポーツの働きを見直してみたい。

 スポーツには「人と人とをつなげる」働きが備わっている。自分が人と一緒に行う場合はもちろんのこと、観戦の場で楽しむことも、プレーヤーや他の観戦者と心を通じ合うことがその楽しみの一つである。

 サッカーがまだ超マイナーなスポーツだった野球の時代に育った筆者には、寺山修司がキャッチボールと戦後デモクラシーについて語った、次のような言葉が実感をもって胸にしみる。

 「僕らはキャッチボールによって、肉体的な会話、言葉のないコミュニケーションというものを学んだわけですよ。僕が球を投げると相手が確実に受け取る。それの繰り返しの中で、言葉を通さない非常に内面的なつながりを確認しあうような、コミュニケーション(野球民主主義とでもいったもの)が、生まれてきたんじゃないか」

 「私は、夕焼けの空に無数に交錯するキャッチボールを見た。それは、どんなに素晴らしい会話よりももっともっと雄弁に見えたし、どんなに長い握手よりも、もっともっと手をしびれさせたものであった」

 娯楽の乏しかった高度成長期には、大人も子供も、会社の同僚とも、近所の顔見知りとも、道路や広場でキャッチボールを楽しみ、寺山が語るような手のしびれる、内面的なつながりを確認しあっていた。それが人とのつながりを育む手段として機能したのは間違いない。

 いま、キャッチボールなんて言い出したら、ボールに汗やツバがついて感染するなんて言われる。そもそも広場や道路でキャッチボールなんてとんでもないし、公園でさえボールを使った遊びは禁止の時代である。都会では空き地という広場は失われている。以上は、ノスタルジーに浸っているわけではなく、キャッチボールを例として、スポーツの持つ力を再確認したのである。サッカーでいうと、鹿島アントラーズの伝説ともいえる物語がある。

 人と人つなぐ絆

 アントラーズがある茨城県鹿嶋市は、かつて住友金属の工場しかない街で、エネルギーを持て余した若者が暴走族としてたくさん走り回っていたという。そこにサッカー界のスーパースター・ジーコがきて、アントラーズのスタジアムがいっぱいになり、みんなが大きく応援し始めた頃には、暴走族がまったくいなくなったという。

 そのような都市伝説はJリーグチームが存在する全国の都市で生まれたものと思われる。特にサッカーを国技的スポーツとしている国からの移民者が、移住先の地域で団結を保つ中心となっている姿は、世界各国で見られる。

 プロ野球選手会では「キャッチボールは野球の原点」として、2005年オフより「キャッチボールプロジェクト」に取り組んでいる。NPB(日本野球機構)は5月から「みんなとキャッチボールプロジェクト」動画の配信を始めた。野球離れの子供たちを掘り起こそうという戦略に基づくものであろう。

 ビジネスとしての戦略はさておき、野球、サッカー、その他のスポーツをともに楽しむことが、ポストコロナの社会で、人と人をつなぐ絆としての役割を果たすことを期待したい。そのためのインフラの整備に行政が資金を投入することを強く望む。

【プロフィル】宮田正樹

 みやた・まさき 阪大法卒。1971年伊藤忠商事入社。2000年日本製鋼所。法務専門部長を経て、12年から現職。二松学舎大学大学院(企業法務)と帝京大学(スポーツ法)で非常勤講師を務めた。

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