リニアモーターカーが昭和54年、宮崎実験線(宮崎県日向市-都農町)での無人走行試験で時速500キロを突破してから40年が経過した。リニア中央新幹線の開業延期が不可避となる中、旧国鉄の鉄道技術研究所でリニアの研究や開発に携わり、現在は自然学園高(山梨県大月市など)を運営する学校法人自然学園の理事長、西條隆繁氏(89)は「国の発展のため、一日も早く開業を」と話す。技術研究者の思いを聞いた。(渡辺浩)
壁突破に感謝
--500キロの壁を突破したときはどんな気持ちでしたか
「昭和54年12月12日は快晴無風の実験日和でした。504キロが表示されたとき、『やったぞ、万歳』ではなく、心は穏やかでした。『達成させていただいてありがとうございます』という感謝の気持ちでいっぱいでした。9日後に517キロを記録した後、私は米国の大学に転じました」
--リニアの研究の目標は何だったのですか?
「東海道新幹線の輸送力に限界がきたときのために、(1)東京-大阪をほぼ直線で約1時間で結ぶ(2)停車駅は東京、名古屋、大阪だけ。東海道新幹線はこだまだけにし、ひかりは新線に移す(3)エネルギー効率が良く、経済性が高く、安全で環境に優しいシステムにする-です。最初からリニア方式と決まっていたわけではありません」
激変した社会
--500キロ達成から40年たって、まだ開業できていません
「そうなんです。他に例を見ないスローモーな開発研究プロジェクトと言っていいでしょう。国鉄の分割民営化などさまざまな要因があったのですが、技術が確立してから開業まで時間がかかるのは本当はよくないのです。計画も、名古屋までまず開通させるとか、静岡を除いて1県1駅とか、開発研究の初期に関係者が思い描いていたものとは変わっています。何より社会や経済の状況が激変してしまいました」
--どういうところが変わりましたか
「当時は日本が世界屈指の経済大国になる高度経済成長の真っただ中でした。今は人口減少と少子高齢化が急速に進むと予想され、それに合わせたインフラ整備が叫ばれています」
地域の理解を
--そのような状況でリニアを開業させる意味は
「日本人が希望を持って国づくりをするために、リニアはその一つの核になれると思います。着工した以上、一日も早く開業させないと、運営の環境条件がますます悪くなるばかりです。その上で、リニアをどう生かすか、どう育てるかを、みんなで知恵を絞るべきです」
--静岡県内の工事をめぐって、品川-名古屋間の令和9年開業が難しくなりました
「『一大国家プロジェクトです。ご協力をお願いします』と言っても、経済成長のときと今とでは受け入れてもらえる度合いが大きく異なるのは当然でしょう。大井川の水の問題は関係者が誠意を持って、話し合いで解決すべきです。地域の方々に事情をよく説明し、理解と協力をお願いするしかありません。どうしても話し合いがうまくいかない場合は、政府に調停をお願いすることも必要でしょう」
【プロフィル】さいじょう・たかしげ 昭和6年、長野県松本市生まれ。工学博士。国鉄鉄道技術研究所主任研究員、米テキサス州立大教授、芝浦工業大教授を経て、平成5年に山梨県須玉町(現・北杜市)に自然学園高を開校。その後、甲府市、大月市、相模原市にキャンパスを開設した。