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M&Aがそろり復活の兆し 中小承継難が本格化、若手に新潮流

 新型コロナウイルス感染症防止に伴う自粛経済の影響で低迷していたM&A(企業の買収・合併)が、回復する兆しを見せている。背景には、高齢化した中小企業経営者をめぐる事業承継難の本格化のほか、ベンチャーの若手経営者が将来を見据えて自社株を売却して資金調達を行う「成長戦略型」のM&Aがある。

 「これで従業員の雇用が守れる。ありがとう」

 4月初め、ミロク情報サービス傘下でM&Aを支援する「MJS M&Aパートナーズ」(東京都新宿区)の男性アドバイザーは、企業の売買契約が正式に成立した後、売り手の中小経営者から感謝の言葉を聞くと、達成感で頬を緩ませた。

 この中小経営者は関東地方に本社があり、製造業を営んでいた。70歳を過ぎ、経営の後継者を探したが社内に適任者がおらず、一人息子には会社を継ぐ意思がなかった。約2年前からMJS M&Aパートナーズが窓口となり、5~6社のファンドや大手企業との面談を重ねたが成約に至らず、今回、ようやく“良縁”を得た。

 新型コロナの感染拡大を受け、政府が4月7日、7都府県へ「緊急事態宣言」を発令しており、男性アドバイザーは「契約があと1週間遅れていたらどうなっていたか分からなかった」と振り返った。

 過半数が後継者不在

 実際、自粛経済で人やカネ、モノの流れがほとんど止まり、M&A市場でも買い手となるファンドが動かなくなった。

 ただ、足元では国内企業同士のM&A市場は踏みとどまった。レコフによると、1~7月の国内企業同士によるM&A件数は、前年同期比6.6%減の1653件。国内、海外を含む日本企業が関連する上半期(1~6月)のM&A総額が03年下半期以来、半期ベースで16年半ぶりの低水準に落ち込んだことに比べれば影響は軽微だ。

 中小企業の事業承継をめぐる案件が下支えとなっており、ある投資ファンドの役員は「緊急事態宣言が終了した後の6月以降、国内企業同士の相談件数が前年の水準に戻りつつある」と期待する。

 MJS M&Aパートナーズの男性アドバイザーは「新型コロナの影響が長引けば、それ以前から厳しい経営環境が続いていた中小経営者にとっては死活問題。最悪の状態になる前に事業売却したい、と考える経営者が増えてくるかもしれない」と指摘する。同社は、事業承継難で悩む経営者を支援しようと、無料オンライン相談会の開催やM&A実務経験者の増員など体制を強化する。

 中小企業の事業承継問題は喫緊の課題だ。

 東京商工リサーチが昨年11月に公表した調査によると、中小企業で後継者が決まっていない「後継者不在率」は、55.6%と、半数以上に上る。このうち、代表者の年齢別では60代が40.9%、70代が29.3%を占める。円滑な事業承継は数年の準備期間が必要とされることを考慮すると、中小企業の経営者が高齢化し、後継者不足が避けられない「2025年問題」への対策が不可欠。中小企業庁は、適切なM&Aのための行動指針を示すなど推進する立場だ。

 一方、M&A市場における新しい動きも出ている。若手のベンチャー経営者が成長戦略を念頭に置いて自社株を売却する事例だ。

 ITシステムの構築などを行うビッグツリーテクノロジー&コンサルティング(東京都港区)は18年8月、都内の投資ファンドに持ち株の一部を売却した。3~5年後の上場を目標にファンドの力を借りて、手薄だった内部管理体制の強化や信用力の強化、優秀な人材を確保することなどが狙いだ。この取引に関わったM&A仲介のFUNDBOOK(ファンドブック、同港区)の清水保秀取締役は「自社の成長のため、単独ではできないことを補える」とメリットを強調する。

 清水氏によると、20~40代のベンチャー経営者が自社株の一部を保有したままで投資ファンドの出資を受け入れる「二段階イグジット」の事例は、約3年前から徐々に増えている。FUNDBOOKの手掛けたM&Aの成約件数のうち、20~40代の経営者は約2割を占める。

 ファンドの力で上場

 若手経営者は、M&A後も引き続き経営責任者として成長戦略を実行でき、新規上場したときの創業者利益を得られる。投資ファンド側にとっても、買収後に新たに経営者を選定して送り込まずに済むなどのメリットがある。

 こうしたM&A事例について、清水氏は「米シリコンバレーの若手経営者の発想に似てきた」と分析する。

 米国の若手経営者の多くは、「GAFA」と呼ばれる米IT大手などに会社を売却して創業者利益を得ることを最終目標としているという。そこで、将来有望な事業をまだ収益化できていない段階で、投資ファンドなどに持ち株の一部を売却し、支援を受けながら最終目標に近づける、という流れだ。

 清水氏は「ベンチャーが単独で上場するには時間がかかる。投資ファンドからさまざまなノウハウの提供を受けて成長のエンジンとする、という考えが若手経営者の間で認知されつつある」と指摘する。

 国内経済が不透明感を増す中、中小企業の経営環境が厳しくなれば、アフターコロナにおけるM&A市場は従来以上にリスクを伴う。ベンチャー企業への出資に二の足を踏む場面も出てきそうだ。

 M&A戦略立案策定に詳しい日本総合研究所の林信行シニアマネジャーは「買い手企業は、明確な戦略、シナジーを提案するなど、売り手企業の信頼を得ようとしている。売り手企業も、従業員の雇用の確保や成長戦略の実現が可能な相手先を選ぶなど、攻めの提携を進めるべきだ」とコメントしている。(鈴木正行)

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