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鋳物の老舗が産業観光の名所に 「職人の地位取り戻したい」 (1/2ページ)

 洗練された設計の建物に入ると、ショップにスズの食器や真鍮(しんちゅう)の花器が並ぶ。その向こうには、おしゃれなカフェが広がる。美術館のような施設だが、鋳物工場だ。創業100年を超える老舗の「能作」が3年前、富山県高岡市内で移転開業した本社である。

 鋳物は、原型を基に、砂を押し固めて型を作り、高温で溶かした金属を流し込む。冷えたら取り出し、磨いたり、着色したりして仕上げる。その工程のほとんどを、ここではガイド付きの無料ツアーで見学できる。昨年は約12万人が訪れ、産業観光の名所になっている。

 「商品がどういう過程で作られるのか、知ってもらえるのは、すごくいいこと。やりがいがあります」。玉の汗をかきながら、金属を溶かして混ぜ合わせる作業などを担当する社員の広野孝文(27)が語る。

 「社長は昔からの良いものを残しつつ、新しいアイデアをどんどん取り入れている。それが若い僕らには魅力的です」

 信望厚い4代目社長の能作克治(62)が、斬新な工場を建てたのは「鋳物職人の地位を取り戻したい」との思いからだ。

 自社開発でヒット

 高岡は江戸時代、加賀藩の城下町として栄えた。鋳物で知られ、銅器は販売額がバブル期の3割以下に落ち込んだものの、今も全国一の産地だ。

 福井県出身の克治は、全国紙のカメラマンを経て、1984年に「婿入り」。職人として、厳しい修業を積んだ。

 ある日、地元の母子が、当時は珍しい工場見学にやって来た。克治が張り切って案内すると、母親が小学生の息子に言った。「よう見ときなさい。勉強せんかったら、こんな仕事になるからね」

 克治はがくぜんとした。いわゆる3K(きつい、汚い、危険)職場とはいえ、歴史ある地場産業だ。「誇りに思ってもいいはずなのに…。地元の人の意識を変えたい」。事業の抜本改革を志す。

 伝統的な高岡銅器は、産地問屋が商品を企画し、鋳造や溶接、研磨、着色、彫金などの各行程を専門業者が担う分業体制で作られている。能作は、問屋の発注通りに鋳造・成型した「生地」を納入する下請けだった。

 「自分が作った物がどうなって、どこで売られているかも分からない。使っている人の声を聞きたかった。それには、自社商品を開発して、自分で売るしかない」と克治。

 古い業界だけに、新たな挑戦は抵抗に遭う。ただ、克治はよそ者。「富山弁で言う『旅の人』だから、『まあ、しゃあない』となった」と笑う。

 2001年、新商品の展示会を東京で開く。目玉は真鍮のハンドベル。仏具の「おりん」を製造してきた実績から、音の響きには自信があった。シンプルなデザインは、大学で意匠も学んだ克治が手掛けた。

 しかし、売れない。家の中でベルを使う習慣のない日本では、当然だった。扱ってくれた店のスタッフに「音がきれいで、スタイリッシュだから、風鈴にしたらどうですか」と言われ、半信半疑で風鈴を発売。すると、月に1000個もさばけた。

 「ユーザーのことを一番知っているのは、売っている人。そのアドバイスに従おう」。克治は胸に刻んだ。店員から「もっと身近な物が欲しい」と要望を受け、食器の開発に乗り出す。

 得意の銅や真鍮は、口に触れる部分にメッキをする必要がある。スズも、一般的な合金だと、他産地と競合する。スズ100%であれば類例はないが、軟らかい素材なので、簡単に曲がってしまう。

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