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「スペースジェット」事業凍結 失敗の本質はコロナではなく三菱重工の“おごり”

 三菱重工業がジェット旅客機「スペースジェット(旧MRJ)」事業の凍結に追い込まれた。事業化決定から12年。自前主義への過信があだとなり、一機の納入にもこぎ着けられないまま開発費用は1兆円規模に膨らんだ。国産初の民間ジェットを世界に飛ばす官民の悲願は、新型コロナウイルス禍であえなく挫折した。

 「コロナを言い訳に」

 スペースジェットは、約100万点もの部品を使う航空機ビジネスを日本に立ち上げ、地方の雇用創出と成長産業化につなげようという国家的事業でもあった。「立ち止まるという判断については大変申し訳ない」。10月30日、オンラインの説明会に臨んだ三菱重工の泉沢清次社長は事業凍結の決断を陳謝した。

 自衛隊機や原発など国家プロジェクトを手掛ける三菱重工は「国と共に歩む」(関係者)と言われる。スペースジェット事業も、経済産業省が約500億円の国費を投じて開発を支援してきた。それ故に国とのしがらみは強く、巨額の開発費が経営の重荷になっても撤退や事業凍結は、はばかられる空気があった。

 事態が一変したのは今春だ。コロナの感染拡大で、納入予定先のANAホールディングスと日本航空が経営難に陥り、その余波でスペースジェットも事業環境の前提が崩れた。「コロナを言い訳に使える。撤退すべきだ」。中期経営計画の策定を急ぐ経営層にこうした意見が浮上。国に撤退を申し出る千載一遇の機会にも映った。

 ただ、撤退すれば「日本は飛行機を造れないと世界に発信するのと同じ」(同業幹部)で、ものづくり大国の威信に傷がつく。計画公表の直前まで国と調整を重ね、「いったん立ち止まる」との表現で折り合った。

 2008年の事業化決定当初から不安視する向きもあった。民間機事業は競合企業が少なく、参入すれば市場を席巻できる一方、開発段階で巨額の先行投資が必要となる。失敗すれば「三菱といえども屋台骨が揺らぐ」(関係者)ともささやかれた。

 責任所在曖昧な体質

 三菱重工は高学歴のエリート技術者が集まる名門だ。そのプライドもあり、自前の技術者だけで運航に必要な「型式証明」の取得作業を進めた。「国の戦闘機を造っているのだから大丈夫」。こうした楽観論が社内の多数派だった。だが型式証明のルールを欧米勢が握る民間機の世界は、そう甘くなかった。

 09年に最初の納期変更を発表。その後も度重なるトラブルで延期を繰り返した。宮永俊一社長(当時)が外国人技術者を招き体制を刷新したが、これが新たな誤算を招く。今度は高給取りの外国人技術者と社内プロパーの対立で開発が難航した。

 三菱重工は今回の経営計画で、将来の収益の柱に掲げ続けたスペースジェットを自社の成長戦略から外した。石炭火力発電と造船事業も縮小する方向で、代わりとなる明確な成長分野が見当たらず「八方ふさがり」(関係者)に陥っている。

 航空機産業に詳しい作家の前間孝則氏は「航空機開発には強いリーダーシップが求められる」と解説する。事業凍結の責任を「特定の個人に課すものではない」(泉沢社長)と曖昧にする企業体質との開きは大きい。三菱重工の関係者は「コロナのせいじゃない。三菱重工のおごりだ」と失敗の本質を喝破した。

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