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国内初の「1局2波」体制、広告外収入も高比率 苦境立ち向かうFM802の躍動 (1/2ページ)

 お薦めの曲を繰り返し流す「ヘビーローテーション」を日本に定着させ、関西では若者から圧倒的な支持を得るFM802(大阪市北区)が、外国語放送のFMCOCOLO(ココロ)の事業を譲り受けてから8年がたった。ラジオ局による「1局2波」体制は国内初で、802は若者向けの番組編成に特化、ココロは40歳代以上にすみ分けて、リスナーを増やすことに成功している。広告収入の減少などからラジオ局の淘汰も見込まれる今、その運営が注目されている。(藤原由梨)

 年を重ねてリスナーもDJも移籍

――ひとつのこらず君を 悲しませないものを――

 11月中旬の午前、ココロの朝の番組「CIAO765」では、昭和59年に発売された大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」がリクエストされた。次は2014年の世界的ヒット「アップタウン・ファンク」(マーク・ロンソン)。選曲は縦横無尽だ。

 DJ、野村雅夫さん(42)は「『そして僕は…』は802ではかからないですが、ココロでは普通に流します」と話す。40歳代以上をターゲットにしつつ、トレンドを意識して懐メロ番組にはしない。

 昨年10月、それまで約10間出演した802からココロに移った。平成25年に802からココロへ移籍したDJ、ヒロ寺平さんから朝の顔を引き継いだ形で、802の看板DJが年齢を重ね、ココロの顔になる流れは定着。野村さんは「僕は早口の情報詰込み型のしゃべりが好きで、かつてはそれが802のテンポに合っていた。ココロに来てしゃべるスピードを少し落としました」と打ち明ける。1つのメッセージに丁寧に返答することが増えた。「仕事や子育てが忙しく、一度音楽から離れた大人に戻ってきてほしい。その受け皿になれれば」と願う。

 始まりは震災の外国語放送

 ココロは平成7年の阪神大震災で、外国人向けの放送の必要性が指摘されたことから関西経済界の支援で設立された。リーマンショック後、各社の支援が困難になると、22年から番組制作などを802に委託。24年には事業譲渡が行われ、1局2波体制へ移行した。

 当時のココロの聴取率調査では、ほどんど聞かれていないことを示す記号「※」ばかりが並んだ状態だった。そこで、802の収益から思い切った制作費を投じ、新しい番組を設け、アートや食など“大人向け”の情報を増やした。

 802の奥井宏社長は「とんがった選曲が魅力の802を卒業しても、落ち着いた番組を聞かせるココロに移ってもらえる」と強調する。当時、開局から20年以上が過ぎ、リスナーも同じように年を重ねていた802も、若年層の取り込みが課題となり、改革を迫られていた。ココロと世代をすみ分けることで、より若者向けに振り切った番組制作が可能となった。

 現在、ココロの40~59歳の聴取率は2割を超え、2年前には単体で黒字化も達成。売り上げも802の約35億円に対し、ココロが約8億円と大きく伸ばしてきている。長年、テレビ・ラジオの制作に携わった近畿大学の杉浦徹教授(放送論)も「ラジオで若者志向を続けると、高齢リスナーは離れる。対象年齢を広げると、両方離れる。他局は対応を時間帯で工夫するなどしているが、802は2つの放送で対応できる」と補完機能がうまく働いていることを指摘する。

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