高論卓説

キスカ島撤退作戦と新型コロナ対策

 ■統計データに基づく学者の知見生かせ

 1965(昭和40)年封切りの三船敏郎主演、東宝オールキャスト『太平洋奇跡の作戦 キスカ』をご存じだろうか。旧日本海軍の作戦の中でも珍しく大成功をおさめたキスカ島撤退作戦を映画化したものだ。軍事オタクの間では今でも大人気で、比較的史実に忠実に製作された傑作映画である。

 キスカ島は寒いアリューシャン列島にある。42年6月にミッドウェー作戦の支作戦として遂行されたアッツ島攻略作戦によってアッツ島とともに日本軍が占領した島だ。

 その後アッツ島はさしたる活動もないままに43年5月に米軍の侵攻によって玉砕。キスカ島も米軍制空権下に補給もままならず、その軍事的存在意義を喪失した。約5200人の将兵は餓死か玉砕を待つばかりとなったが、ここに撤退作戦が挙行されることになった。これがキスカ島撤退作戦である。

 潜水艦による作戦では量的に不足で、同方面の第5艦隊水雷戦隊(駆逐艦主体)の海上艦艇による輸送作戦と決したが、島は既に米軍の制空権下にあり、米海軍の有力艦艇が警戒する中での作戦となる。作戦のポイントは夏にアリューシャン列島に発生しやすい霧の存在である。米軍の攻撃をかわすためには霧の中で隠密理に撤退作戦を遂行せねばならない。

 映画で名優、児玉清は中央気象台付属気象技術官養成所(現気象大学)出身の海軍予備仕官、竹永少尉を演じる。竹永少尉は各方面からありとあらゆる入手可能なデータを集めて霧の発生予測精度を上げた。海水温と大気温の差などを条件に北千島に霧が発生した2日後に90%の確率でキスカに霧が発生するというところまで突き止めた。

 ところが戦果を上げたい気持ちのはやる兵科の将校たちから「霧は発生すると言え」と迫られる。しかし霧は科学的な条件がそろわなければ発生しないのである。

 水雷戦隊の司令官、三船敏郎演じる木村昌福少将はエリート提督ではなかったが、現場をよく知る兵から評判の良い指揮官だった。彼には中央の海軍軍令部の参謀たちからも早く出撃しろとの督促がくる。木村は相手にしなかった。なぜなら作戦の目的は勇ましい姿勢を見せることではなく、キスカの兵員を救助することにあるからだ。

 そして竹永少尉がようやく霧の発生を予測するとこう言った。「学者の言うことを信じよう」。かくして水雷戦隊が出撃するとキスカ島は霧に包まれ、奇跡と呼ばれる救出作戦は大成功となったのだ。

 現在の新型コロナウイルス禍の先行きは残念ながらキスカの霧同様はっきりしたことは分からない。コロナ対策では経済を止めるなという圧力が存在する。また東京五輪開催への日程もあるだろう。それらは政治家だけではなく国民にとっても重要なものに違いない。しかし一方で対策の目的はコロナ禍から国民を救うことにあることを忘れてはならない。

 昨年春先に「8割おじさん」で有名になった理論疫学者の西浦博・京大教授はアカデミックな統計データを用いて、東京都の感染者数を十分に減少させるには、2020年の緊急事態宣言と同等のレベルの効果を想定しても2月末までかかると意見している。

 小規模な規制は戦力の逐次投入と同様に効果は薄く資源を浪費する。もう少し学者の言うことを聞いてはどうだろうか。

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【プロフィル】板谷敏彦

 いたや・としひこ 作家。関西学院大経卒。内外大手証券会社を経て日本版ヘッジファンドを創設。兵庫県出身。著書は『日露戦争、資金調達の戦い』(新潮社)『日本人のための第一次世界大戦史』(毎日新聞出版)など。

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