高論卓説

戒めたい“自分だけは大丈夫” 根拠ない楽観的思考が感染拡大招く

 1年ほど前に日本で初めて新型コロナウイルス感染が判明してから、私たちの日常は大きく変化した。人は慣れたものには安心する一方で、未知なものには恐怖や不安を感じる。未知なものに遭遇するような「環境の変化」はそれ故にストレス要因となり、心身に影響を及ぼすことになる。自粛生活による“コロナ疲れ”を訴える人が増えてきたのもそのためだ。

 長期間ストレスにさらされていると、ストレス反応(ストレスによる心身面や行動面へのさまざまな反応)が起こる。ストレス反応は心に表れるものとして無気力、イライラ感、気持ちの落ち込みなどがあり、身体面には頭痛、肩こり、胃痛などが、行動面には飲酒量の増加や人間関係のトラブルなどが表れる。

 米心理学者のラザルス(1922~2002年)らが提唱したストレスの心理学モデルによると、自分に降りかかった出来事をストレッサーとして認知すると、コーピング(ストレスに対処するための行動)が実行される。コーピングには問題焦点型と情動焦点型があり、前者は直面するストレスフルな出来事に直接対処できる場合に使われ、後者は自分で状況をコントロールできない対処不可能な状況で使われる方法だ。

 コーピングが成功すればストレス反応は改善するが、この過程がうまくいかないと慢性のストレス反応につながったりもする。コロナ渦では、情動焦点型コーピングを使用しながらストレスを乗り越える機会が多いだろう。テレワークが大変な場合、通勤ストレスがなくなったと捉えてみる、気分転換に部屋の模様替えをするなどという方法である。不安な感情と距離を置き、心身の緊張を鎮めることができればコーピング成功となる。

 今まで友人との飲食やイベント、旅行などのコーピングを頻繁に使用してきた人たちは、それ以外のコーピング方法が見つからないと、コロナ禍の環境に適応することが難しくなる。それで、「自分は大丈夫だから」と言って、家族に止められながらも感染の危険が大きなところへ旅行や飲み会に出かけてしまう。この“自分だけは大丈夫”という思い込みは、災害心理学で「正常性バイアス」と呼ばれ、自分に都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまうことである。予期せぬ変化に心が過剰に反応して疲弊してしまわないための防衛本能の一種であるが、自然災害などの非常事態時では避難を妨げる要因にもなる。

 自粛期間中でも一定数の人たちは、自分の楽しみのために不要不急の外出をするようだ。心の不安を一掃するため正常性バイアスが発生することは、ある程度自然なことかもしれない。しかし、正常性バイアスによって根拠のない楽観的思考が蔓延(まんえん)することは、さらなる感染拡大を引き起こす可能性を秘めている。したがって、コロナの蔓延を抑えるためには正常性バイアスに惑わされないことが必要となり、そのためには、効果的なコーピングによってストレスに対処することである。

 不安定な時代であればあるほど、ストレスマネジメントの能力が鍵となる。セルフモニタリングをして、自分はどの程度のストレスを抱えているか、普段どのコーピングを用いることが多いかを自覚し、直面したストレッサーに対して柔軟かつ現実的なコーピング方法を選択し、成功体験を増やしていきたい。

【プロフィル】舟木彩乃

 ふなき・あやの ヒューマン・ケア科学博士。メンタルシンクタンク副社長。筑波大大学院博士課程修了。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)がある。千葉県出身。

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