論風

世界に伍するスタートアップ 有効なエコシステム構築を

 コロナ禍においても株式市場は昨年から好調が続いている。各国中央銀行が大規模な金融緩和を行っていることが大きな要因ではあるが、その中でもアフターコロナに適合したスタートアップへの期待は高い。パンデミック拡大当初は懸念されたスタートアップの資金調達も、ハイテクスタートアップに関してはエグジットも順調に進んでいる。数年前から大企業の投資活動も活発化してきているが、現段階では大企業のスタートアップ投資意欲もさほど衰えていないことは心強い。(東京大学未来ビジョン研究センター教授・渡部俊也)

 スタートアップが集積する地域としては、シリコンバレーやボストンなどが典型例である。米国ではこれらの地域のスタートップから急成長する企業群が地域経済を発展させてきた。それらに比べると、日本のスタートアップ創出環境は量的にも質的にも課題を抱えている。ハイテクスタートアップの代表ともいえる大学発ベンチャーが集中している東京大学の周辺を見てみると、関連しているベンチャー企業が年間30~40社、そして投資総額が年間500億円まで成長している。

 結果として累積社数400社、累積投資額は3000億規模となっており、およそ3兆円程度の企業価値を生み出しつつあるということができる。しかも5年前は200社、1000億だったことを考えると、最近の発展のペースは加速しているといってよい。

 このような大学発スタートアップの目覚ましい成長に、ようやく日本企業も着目するところとなり、投資意欲もここ数年拡大してきたといってよい。

 グローバル展開を視野に

 だからといって米国の主要大学にキャッチアップしているかというと残念ながら違った事実がある。実はこの5年間でいえば、米国主要大学のスタートアップは日本に勝る成長を遂げており、スタートアップ創出数も投資資金量についても、その差はむしろ広がっているというのが現実である。

 これには原因がいくつかある。一つはスタートアップの事業が行われる市場の差である。米国との差だけでも国内総生産(GDP)比で4倍になる。市場が大きければ成長性への期待も大きくなり資金調達も大きくなる。この点、日本のスタートアップが日本市場のみを念頭に置いている限り、米国にキャッチアップしていくのは難しい。創業初期からグローバル市場を目指せるような環境やネットワークづくりを政策的に充実させていく必要がある。

 契約慣行や資本政策に課題

 またエグジット(出口戦略)に関しては、米国ではM&A(企業の合併・買収)が9割近く多いのに比べて、日本の場合、逆に9割近くは新規株式公開(IPO)であるという相違がある。これは日本の大企業のスタートアップへの投資が低調だったことが背景にある。そしてスタートアップの創出数についても、米国では大企業からのスピンオフ(分離・独立)が多く含まれているのが特徴だが、これも日本では低調である。大企業にとっても、米国の例でみられるようにスピンオフ・ベンチャーを輩出することが事業上のメリットになることを踏まえ、積極的にベンチャーを創出するなどの活動が期待される。これらの施策を推進するためには、契約慣行や資本政策面でも改善すべき多くの課題がある。

 日本政府は「世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略」を打ち出し、東京や大阪、名古屋などにエコシステム拠点としての役割を与えた。その成果が真に世界に伍するものになるためには、ここで掲げたスタートアップの国際化や、大企業からのスピンオフなどの活性化が不可欠である。これらの都市はみな、世界に伍する大都市ではあるが、スタートアップ拠点としての比較では大きく立ち遅れている。まずは、スタートアップ・エコシステム拠点の関係者が、数値で示される日米比較などの現実を踏まえ、共通の数値目標をもって、有効な取り組みを進めていかなければならない。

【プロフィル】渡部俊也 わたなべ・としや 1992年東工大博士課程修了(工学博士)。民間企業を経て96年東京大学先端科学技術研究センター客員教授、99年同教授、2012年12月から現職。工学系研究科技術経営戦略学専攻教授兼担。東京都出身。

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