今年の春節(旧正月)は12日。中国は既に年越しモードに入っている。今年もやや緊張感に満ちた春節となりそうで、新型コロナウイルス感染防止のために政府は「現在生活している地での年越し(帰省の自粛)」を呼び掛けている。本来は実家に帰ってCCTV(国営中央テレビ)の春節聯歓晩会(日本の紅白+かくし芸大会のような年越しバラエティー番組)を見るというのが習慣だったが、今年はお預けとなりそうだ。
中国の年越し名物・春節聯歓晩会は近年、外部アプリと提携し「紅包(お年玉)」をインターネット上で配るのが習慣となっているが、その提携アプリが交代した。ここ2年ほどEC(電子商取引)アプリ「●多多(Pinduoduo、ピンドゥオドゥオ、●=てへんに并)」が担っていたが、今年は「抖音(Douyin、ドウイン)」。日本ではTikTok(ティックトック)として知られる短尺動画アプリの中国本家版である。11日の大みそかから春節まで、番組中に抖音を通じて総額12億元(約198億円)ものお年玉が視聴者にばらまかれることになる。
この抖音を運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)は、中国のIT業界で攻勢を強めている。先日は中国IT大手の「騰訊(テンセント)」を訴えたというニュースが流れた。テンセントといえば「百度(バイドゥ)」「阿里巴巴(アリババ)」と並ぶ3巨頭といわれる企業である。それに対して新興勢力であるバイトダンスは、テンセントが市場の支配的地位を乱用し、正当な市場競争を阻害、抖音の権利を侵害しているとして反壟断法(独占禁止法)違反で訴え、公式メディア上での謝罪と賠償金9000万元を請求したのである。
現在、1日10億人超が使用している微信(ウィーチャット)には、チャット機能や「モーメンツ」という機能などのコンテンツが備わっているが、そこでは抖音のコンテンツを共有することができない。テンセント側が抖音を締め出しているのである。
今回のバイトダンスの訴えは、テンセントが構築した通信、娯楽、流通そして決済など金融まで広がったオンラインネットワークを「市場の支配的立場にある」とし、その一部開放を求めたわけだ。
この一件が注目に値するのは、中国政府が独禁法をもって巨大化した中国企業、特にアリババなどのIT企業の動きを制限しようとしているからである。その象徴といえるのが昨年のアリババグループの金融会社アント・フィナンシャルの上場中止やアリババに対する立ち入り調査などの動きである。
また、党中央と国務院から今後の経済成長方針が1日出されたが、その中には「独禁法の適用を厳格化し、公平な市場競争環境をつくる」ことが盛り込まれている。中国政府としてはアリババ、テンセントを牽制(けんせい)する存在として、抖音やバイトダンスの成長を促したいところだろう。
今年の春節番組との提携によってバイトダンスの金融業務にも自然と勢いがつくことが考えられる。人気のライブコマースにおいても、昨年の「W11(独身の日商戦)」でまずまずの成績を得ており、さらには抖音上のライブコマースからアリババ系列ECへの動線を打ち切るなど、独自路線を構築する体制が整いつつある。2021年、中国IT企業の勢力図に起こる変化は、中国市場開拓を図る日本企業のマーケティング活動にも影響する。ぜひ注視したいところである。
【プロフィル】森下智史 もりした・さとし 中国トレンドExpress編集長。2015年まで17年間、中国・上海に滞在。上海では在留邦人向けのフリーペーパーの編集・ライター、産業調査などに従事。帰国後の18年に日中間の越境EC支援会社トレンドExpressに入社し、現職。