ガバナンス経営の最前線

(4)改革進め企業の稼ぐ力向上

 日本取締役協会会長・宮内義彦氏に聞く

 改革進め企業の稼ぐ力向上

 発足から20年。コーポレートガバナンスの仕組みを活用して日本企業の稼ぐ力を高めようという日本取締役協会の役割がかつてなく高まっている。ガバナンスコードの制定と相次ぐ改定、会社法の改正などで形式面は着実に前進した。半面で、その運用による企業価値の向上といった“実質面”はほんの一握りの先進的な企業が取り組み、成果を上げ始めているにとどまっている。日本の経済社会は、人口減少に加えデジタル化やグローバル化という大変革期を迎ており、昨年来のコロナ禍がこの動きにさらなる変化を加えている。経営環境は未曽有の不透明感に包まれており、今後のかじ取り、経営力が企業の成否にも色濃く反映されそうだ。難局の今こそ問われる経営力。その強化の“切り札”であるガバナンス経営の神髄や現況、展望を同協会の宮内義彦会長(オリックスシニア・チェアマン)に聞いた。(青山博美)

 --コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーでは、今回も実践を結果に結び付けている好例、まさに“手本”と呼ぶにふさわしい企業が選ばれました

 「受賞企業はいずれもすばらしいガバナンス経営を実践されています。毎回思いますが、こうしたトップクラスの取り組みに接する限りは日本企業のコーポレートガバナンスも実に秀逸だと感じます。たとえば大賞を受賞されたキリンホールディングスは日本の伝統的な企業ではありますが、最先端のガバナンス経営を実践され、成果にもつなげています。こうした企業が日本にはたんさんあります」

 「半面で、これも毎回思うことですが、全体としては改革が進んでいない企業がまだまだ多くあるということです。ガバナンス改革に求められる“形式”は整ったが、改革そのもの、いわば“実質”の伴っていない企業のほうが一般的かもしれません。“形式”から“実質”へという流れをどう作るか。これは引き続き大きな課題です」

 勉強不足の問題

 --コーポレートガバナンスをめぐるルールは年々強化されており、そうしたルールに合わせて企業も年々より重厚な“形式”を整えてはきました。しかし、“実質”がなかなか伴わない。その理由は経営トップの“やる気”の問題だと思いますが、このところ“知識”や“理解”にも問題があるのではないか、との声も聞かれます

 「それも大きな問題だと思います。実は経営トップや昨今の流れの中で就任した社外取締役の多くが、コーポレートガバナンスの本質を知らない、あるいは理解していないのではないでしょうか。これではそもそもガバナンス改革は進みません。コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤーで先進的なガバナンス改革の事例を紹介し、手本を示しても、勉強不足の経営トップや社外取締役には響きようもありません。自分の参考にするという動機付けにはなりませんね」

 「そういう意味では、日本企業のガバナンス経営を高めようという日本取締役協会としても、大きく一般論としての“コーポレートガバナンスとはなにか”と“経営者や社外取締役に対するガバナンス改革の実践”という2つの点を“わかりやすく”説明していく必要がありそうです」

 --と同時に、このところ機関設計の問題もにわかに聞こえてきます。2014年の会社法改正で導入された監査等委員会設置会社という形態が、多くの日本の大企業に採用されつつあります。これはどうなのか、と

 「日本企業は元来、監査役会設置会社でしたが、03年の商法特例法(現在の会社法)改正で、経営と執行を分離した米国型の指名委員会等設置会社という形態が導入されました。その移行第1号はソニーでしたが、オリックスもこれに続いて移行。しかし、これに多くが続くことはありませんでした。監査等委員会設置会社は、その後になって監査役会設置会社と指名委員会等設置会社の間につくった形態ですが、指名委員会や報酬委員会を置く必要がなく、透明性やガバナンス強化という点では中途半端だと言わざるを得ません。小さな負担で移行できるというメリットはわかりますが、日本企業のガバナンス改革が強く求められている中で、中間的な形態への移行が多いのは疑問でもあります」

 コロナ後の準備は急務

 --しかし、おりしも世界の経済社会はコロナの渦中にあります。事業構造の変革や業態、事業そのものの変更なども求められるなど、企業経営はかつてない難局にあります。経営改革は待ったなしでもあります

 「コロナ禍でいろいろ大変だから、ガバナンス改革も含めて落ち着いたら考えよう、という話もありますね。そういう経営でいいのだろうか、と思います。コロナ禍後はどうするのか。コロナ後の手をいまだに打っていない企業があるとすれば、それは致命的ではないかとさえ思います。世界の多くの企業が、コロナ後のしかるべきタイミングでいかに飛び出し、新たな事業を創出するのかを本気で考え、準備しています。コロナ後に経済が復興する際には、それ以前とはだいぶ違う形になることでしょう。元の形には戻りません。そこでの先陣争いはもうすでに始まっています」

 「どの企業にも大きな経営改革が求められます。事業再編など、究極の経営判断が求められる事案も多々ありそうです。そういう改革には強い“経営力”が必要であることはいうまでもありません。企業が、情報や多様な知見、能力を結集して大胆なかじ取りをしていく上で、ガバナンスは不可欠です。間違った選択はもちろん危険ですが、日本企業にありがちな“何もしない”のも危険なことです」

 --コロナ禍に気を取られがちですが、そもそも日本経済は急激な人口減少や遅れがちだとされるデジタル化、グローバル化という大変革のさなかにあります

 「働き方改革やデジタル・トランスフォーメーション(DX)などに対する必要性はますます高まってます。前述のキリンホールディングスのガバナンス大賞受賞理由の一つに積極的社会貢献活動(CSV)の実践がありますが、同社はこれを企業の成長や財務的な価値拡大にもつなげようと取り組みれています。上場している企業は公器でもあります。ESG(環境・社会・ガバナンス)に積極的な取り組みをみせる企業を投資対象にしていくという流れは、今後も強まることでしょう。ただ、企業である以上、根本には“稼ぐ力”が必要です。これができなければ、なにもできません」

 --コロナ禍ではありますが、日本企業はとどまることなく経営力を強化しなくてはいけません。そのためにも、ガバナンス改革の加速が必要ですね

 「日本取締役協会はガバナンス改革を促すために設立され、はや20年になりました。啓発活動も年々広がるとともに試行錯誤が続きます。やればやるほどやることが増える、という状況です。とはいえ、ガバナンス改革を通じて日本企業の稼ぐ力を高め、価値を向上させるという取り組みはますます重要になっていると思います。雇用や日本社会の維持発展はもちろん、たとえばわれわれの年金も株式市場で運用されているなど、日本企業の価値と連動している面があるわけです。株式を上場する企業の価値向上やガバナンス改革は個別企業の課題にとどまりません。わたしには関係ない、という人はいないのですから」

【プロフィル】宮内義彦

 みやうち・よしひこ 1960年、日綿實業(現双日)入社。64年4月オリエント・リース(現オリックス)入社。70年3月取締役、80年12月代表取締役社長・グループCEO、2000年4月代表取締役会長・グループCEO、14年6月からシニア・チェアマン。ACCESS、三菱UFJ証券ホールディングス、カルビー、ラクスル、ニトリホールディングス社外取締役。85歳、神戸市出身。

【用語解説】日本取締役協会

 上場企業・大企業の会長、社長、取締役・社外取締役、執行役、管理職を対象に、今後求められる、コーポレートガバナンスの情報・知識を提供している。2001年11月に発足し、02年4月有限責任中間法人格を取得。09年1月から一般社団法人に移行した。取締役・取締役会運営の実効性向上をテーマにした委員会、セミナーのほか、社外取締役を対象とする研修、企業表彰「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」の開催などを手掛ける。コーポレートガバナンスと企業経営に関わる必須情報を提供する雑誌「Corporate Governance」も年3回発行。

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