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東京2020、企業の取り組み発信したい

 尚美学園大学教授・佐野慎輔

 トヨタ自動車が創造する次世代技術の実験都市「ウーブン・シティ」の建設が始まった。富士山を間近に望む静岡県裾野市。2020年末に閉鎖したトヨタ自動車東日本の東富士工場跡地を活用し、将来的には約70.8万平方メートルの未来都市を出現させる壮大な構想である。

 温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」な素材でつくる建物は屋根に太陽光発電装置を設置。燃料電池などのインフラは地下に整備され、自動運転車や水素エンジン搭載の有害物質を排出しないゼロエミッション車が走る。人々は室内ロボットを活用、センサーデータやAI(人工知能)によって健康を管理する。街の中心の公園では住民相互のコミュニケーションが図られる。

 ◆現実をせつなく思う

 50年までに脱炭素社会を目指す政策の先取りは、私には想像の域をでない。ただテレビでウーブン・シティの動画を見るたび、せつない思いに襲われるのだ。それは「開催だ」「中止だ」ばかりで語られる東京2020大会に起因していよう。新型コロナウイルス感染による緊急事態宣言が続くなか、スポンサー企業は取り組みを口にしづらい。

 未来都市ほど大掛かりではないが、東京・晴海に造成された東京2020大会の選手村は脱炭素社会を意識した街である。建設段階から水素インフラを意識。パイプラインを敷設するとともにエネルギー供給拠点となる水素ステーションを整備し、純水素型燃料電池も開発された。

 この水素タウンを走るのは電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)だ。自動運転車の活用はいうまでもない。「HARUMI FLAG(ハルミフラッグ)」と命名された住居棟、商業棟はAIによって管理、制御される。大会終了後の居住地として販売が進む。

 この街づくりを推進したのが三井不動産や東京ガス、パナソニックやトヨタなど。彼らは大会スポンサーとして、自社の技術の成果を東京2020大会の盛り上がりとともに広く知らせたい。それが許されなく感じる現実をせつなく思うのだ。

 五輪・パラリンピックは、関わる企業にとって自社の最新技術を世に問う“ショーウインドー”にほかならない。それすら批判する人々はともかく、最新技術は社会を動かす。1964年東京大会後、日本を変えたのは下水道の整備であり、テレビ技術の進歩、受像機の普及であった。そしてSEIKO(セイコー)の時計、日本IBMの計算機、Canon(キヤノン)のカメラなどが日本の技術力の高さを示し世界に進出していった。

 ◆ICT、AIの活躍期待

 東京2020大会はICT(情報通信技術)やAI技術の活躍が期待されている。入場者管理や移動最適化システム、体操やレスリングの自動採点システム、VR(仮想現実)装置による臨場体験映像や多言語音声翻訳システムの導入など、まさに「ドラえもん」の世界の現実化である。技術の発信は未来につながる。

 近年の大会のように自動小銃や地対空ミサイルによる警備は日本社会にはそぐわない。今大会で採用する「ソフト警備」は海外でも活用できるだろうか。

 中止論が勢いを増す中、日本の取り組み、実験が人口に膾炙(かいしゃ)していないことが寂しい。東京2020大会開催予定の7月23日まで残り51日。開催を進める側の丁寧な説明と情報開示で、少しでも理解が進むことを期待しているのだが…。

【プロフィル】佐野慎輔

 さの・しんすけ 1954年富山県高岡市生まれ。早大卒。サンケイスポーツ代表、産経新聞編集局次長兼運動部長などを経て産経新聞客員論説委員。笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員、日本オリンピックアカデミー理事、早大非常勤講師などを務める。専門はスポーツメディア論、スポーツ政策とスポーツ史。共著には『これからのスポーツガバナンス』(創文企画)、『スポーツフロンティアからのメッセージ』(大修館書店)など多数。

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