高論卓説

進む米中デカップリング 全人代で「反外国制裁法」が成立

 米国には、議会が作る法律のほかに大統領権限で発布する大統領令がある。大統領令は法律に基づくもので、トランプ前政権が出したさまざまな大統領令も国際緊急経済権限法(IEEPA)などによる。しかも毎年度作られる国防権限法(NDAA)などを受けた議会からの要請によるものだ。このように大統領になったからといって、自由に大統領令を出せるわけではない。(渡辺哲也)

 トランプ前政権は、政権移譲前に多くの大統領令と法の施行を行い、対中国に対するハードルを上げた。これはトランプ氏が独自に行ったわけではなく、議会からの要請を片付けたにすぎない。日本ではこの点に関する誤解が多いようだ。

 そして、上院外交委員会は4月20日に中国に効果的に対処する包括的な戦略を定めた「2021戦略的競争法案」を全会一致で可決した。その上で、上院は半導体、通信、AI(人工知能)などの振興を推進する「エンドレス・フロンティア法案」と一体化させて「米国イノベーション・競争法案」として可決した。

 この法案はバイデン政権の弱腰の対応を批判するものであり、バイデン氏に法律に基づく厳しい対応を行うように求めています。ちなみに法案には来年年開催予定の北京冬季五輪の外交的ボイコットも含まれている。

 なお、下院外交委員会でも同趣旨の「米国グローバル・リーダーシップ・関与強化法案」が5月25日に超党派で提出され、審議が開始されている。下院での審議はこれからだが、下院の法案は上院で成立済みの法案とすり合わせが進んでおり、下院でも早い段階で成立する可能性がある。どちらにしても、議会は中国に対して厳しい対応を求めており、バイデン政権はより厳しい対応を求められることになるだろう。

 また、このような米国の状況を見据え、中国の全国人民代表大会(全人代)は常務委員会で外国による中国への制裁に反撃するための「反外国制裁法」を成立させた。

 これは外国政府が中国に対して制裁を科した場合、それを行った国や従った企業、個人に対して、中国が制裁を科すことを可能にするものだ。米国の規制や制裁に従えば中国から、また中国の規制や制裁に従えば米国から制裁を受けるという環境が生まれることになる。

 既に米国の香港人権・民主主義法と中国の香港国家安全維持法、米国輸出管理および輸出管理改革法(ECRA)と中国輸出管理法という形で、米国の法律に対抗する法律の施行を中国は完了しており、いつでも発動できる体制を整えている。

 今回の反外国制裁法案はこれを包括するもの。これをどのように中国が運用するかは分からないが、この法律には「在外規定」も含まれており、日本で活動する日本企業にも適用される可能性がある。

 例えば、日米政府の輸出管理により中国向けの輸出を停止した場合、その企業が中国の制裁を受ける可能性がある。日本企業が中国で開発した技術なども同様で、中国外への持ち出しや輸出を禁じられるだけでなく、日本で生産された製品でも技術が利用されていた場合「みなし輸出」として、生産や輸出などができなくなる可能性がある。

 米中のデカップリング(分断)は、米国側だけでなく中国側からも進んでいることを知らなくてはいけない。

【プロフィル】渡辺哲也 わたなべ・てつや 経済評論家。日大法卒。貿易会社に勤務した後、独立。複数の企業運営などに携わる。著書は『突き破る日本経済』など多数。愛知県出身。

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