訃報

金権政治から脳死まで幅広く取材分析、「知の巨人」立花隆氏が死去

 政治や科学など幅広い分野で著作を残したジャーナリストで評論家の立花隆さんが今年4月、80歳で亡くなった。立花さんは、金権政治の解剖から始まり、文系理系の垣根にとらわれない幅広い題材に対し好奇心の赴くままに取材し、分析し続けた希代のジャーナリストだった。

 東大哲学科に再入学し、2度目の学生生活のかたわら始めたルポライターがいつしか本業に。その筆力を見込まれ「文芸春秋」誌の田中角栄首相追及特集を任せられた。20人の取材助手を使い、積み上げると高さ5メートルほどになる膨大な資料を収集。図書館などで入手できる公開情報を重ね合わせることで、金脈の実態を暴いた。

 のちのインタビューで、ジャーナリストとしての自身について「取材より発想、分析、まとめ方に能力があるみたい」と評していた。集まった大量の情報から要点を的確に把握し、わかりやすい形に整理する能力はずば抜けていた。その後に手がけた日本共産党や宇宙、臨死体験などをめぐる作品でも、その手法は共通している。

 平成以降は自然科学に関心を移し、「サル学の現在」や「立花隆・100億年の旅」など、人類や宇宙の根源に迫るテーマについて、各分野の研究者に取材した作品を次々に発表。「最先端で起きることを自分の言葉で伝えるのがジャーナリズム」とも語っている。また日本の科学技術力維持への危惧から教育論も多く、東大で教鞭を執った経験に基づく「東大生はバカになったか」などの著作は議論を呼んだ。

 読書家としても有名で、「ぼくはこんな本を読んできた」など、読書術や教養論に関する著作も多数ある。平成4年には、東京・小石川の自宅近くに、大きなネコの顔を壁面に描いた3階建て仕事場兼書庫の通称「ネコビル」を建設。その蔵書数は10万冊に近かった。所狭しと本が並ぶ室内を撮影した写真集が出版されたこともあるほどで、“知の巨人”の異名も取った。

 19年にぼうこうがんの手術を受けて以後は、著作刊行ペースこそ衰えたものの、それをきっかけにがんという病への探求心が湧出。晩年はがんに関する講演や執筆を盛んに行うなど、たぐいまれなる知的好奇心は最後まで健在だった。

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