求められる危機管理担う羅針盤
新型コロナウイルス禍は企業とステークホルダー(利害関係者)のコミュニケーションの停滞を招いた。払拭するには架け橋となる広報力が企業・組織に求められ、適切な行動は企業の持続的成長をもたらすが、下手な振る舞いは顧客離れを起こしかねない。広報はまさに経営機能であり、危機管理を担う。企業の広報活動を支援するNPO法人広報駆け込み寺の三隅説夫代表は「広報は企業が間違った方向に行かないための羅針盤であり、求められるのはトップに直言できる気概」と断言する。
企業イメージ左右
--広報駆け込み寺の現状は
「会員数は2005年の設立当初の約50から200を超えた。企業やメディアの他、自治体、大学、病院も入るようになった。企業・組織が広報活動の重要性を理解してきた証拠だ。私が広報に関わったころは、企業・組織トップの広報への理解度は低く、広告と同じという意識が強かった。『広報はいらない、広告を出す』といってはばからないトップもいた。会社の一部だった広報は今、中心部に近い位置まできた。会員の広報力もずいぶん高まった」
--加入者が増える理由は
「やはり危機管理を重要と考えているからだ。インターネットの発達やソーシャルメディアの台頭で情報の受け取り方も多様化した。特にSNS(会員制交流サイト)の浸透で、消費者意識も高まり企業を見る目が変わった。誰もが記者のように企業や商品・サービスなどの情報を発信できるようになり、広報の対応機会が増えた」
「消費者にとって身近な存在になったわけで、商品・サービス情報を消費者に届け、企業の存在を知ってもらうPRといった攻め(グッドニュース)の広報にとってはいいことだ。しかし、守り(バッドニュース)の広報、つまり不祥事や事故が起きた際の対応を間違えるとSNSなどで必要以上に責め立てられかねない。それだけ危機管理としての広報が重要になってきた。企業イメージを良くするのも悪くするのも広報次第といえる」
--トップの広報への理解が高まったということか
「不祥事や事故が起きたら、とにかくすぐに記者会見などを開いて謝罪、説明することが大事だ。しかし記者会見で失態を演じるトップの姿をよく見かける。広報マインドを持ち合わせていないからで、批判を収束するどころか、ますます拡散させてしまう。『逃げるな、隠すな、嘘をつくな』は危機発生時の大原則で、トップが逃げずに真摯(しんし)に対応し、全面的な情報開示と的確な説明を行えば批判を広げずに早期に収束する」
「にもかかわらず、不祥事の責任を取らず記者会見から逃げるトップがいる。何か問題が起きたときに責任を取れる人がリーダーのはずなのだが、会見を広報担当者に任せ、その上で責任まで取らせる。広報を重要と考えていないからだ。これではリスク回避は無理といわざるを得ない」
4つの「C」欠かせぬ
--どうすればいいのか
「トップはもちろん、全員が危機管理という広報マインドを持つコミュニティーを作り、互いの情報を共有・開示するコミュニケーション、助け合うコラボレーション、ルールを守るコンプライアンスの4つの『C』が欠かせない。最後のCも法律を守ればいいというのではなく社会の公器として信頼されるガバナンス(企業統治)体制を築く必要がある」
--広報担当者に求められる条件は
「広報活動は社会との継続的なコミュニケーションであり、経営機能そのもの。また究極的には危機管理であり、間違った方向に行かないための羅針盤の役割を担う。経営機能に直結している以上、広報部長にはトップの分身となり得る人材、将来の会社を背負って立つ人材を任命すべきだ」
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トップに直言できる胆力が必要
「その上で最低限必要な条件は4つの『S』。誠実(人間性)、スピード、想像力、そして直言(ストレートスピーチ)。広報担当者としてメディアや社内を含め対応するあらゆる人と誠実に付き合うこと。誠実かどうかは顔つきや態度に出る。まさに人間性が問われる。次にスピード。メディア対応では極めて大切なことで、取材などへのスピーディーな対応はもちろん、社長取材を申し込まれてから何日も放置するなどは論外だ。そして想像力。スピードも変化も早い時代なので3、4手先まで読める力が必要だ」
日頃から関係構築を
--直言については
「トップと強い信頼関係を築くためには欠かせない資質で、まさに『トップに直言できること』が広報部長に求められる条件といえる。社外の声を社内に伝える広報は社内的にはいわば“野党”で、トップにとって耳が痛いことをいうのが仕事だ。広報部長もサラリーマンなので嫌なことはなかなか言いたくないものだが、自信を持って正々堂々と、ひるまず、潔く、直球をズバッと投げ込めるだけの胆力が求められる」
「不祥事の際に守るのはトップではなく、企業であり消費者だ。だからこそ説明責任があるのであって、広報には後ろ向きのトップにしっかりともの申す気概を持ってほしい。トップの器の問題でもあるが、トップが直言を聞き入れて『分かった』とうなずく関係を構築するくらい日頃からコミュニケーションを取り、信頼を勝ちとらないとダメだ。それが厳しいやりとりの結果と周りが分かれば広報部長のステータスも上がり、社内の重要情報も自然と集まってくる」
--トップとの信頼関係が求められる
「ゴルフで例えると、パー3のショートホールのティーグラウンドにクラブを決めてトップが立つ。ボールをティーアップしグリップは緩んでいないか確認し、風向きはどうかを見ながらグリーンを狙ってスタンスを取る。このときグリーンはマーケットであり世間、スタンスは経営理念、ボールは商品・サービスといえる。グリップの緩みは社員や消費者との関係を表している」
「つまり商品・サービスをいかにマーケットに届けるか。このときトップのスタンスや風向きなどをウオッチし、間違っていないかチェックするのが広報担当者だ。雨で視界が悪くても、風が吹き荒れていてもしっかり見て示唆すればトップは自信をもってグリーンにまっすぐ打てる。『間違った方向に打ち出したボールはどこまでも飛んでいく』というゴルフの名言がある。『風の向き ゴルフも会社も 読み切れず』という川柳もある。広報が羅針盤といわれるゆえんだ。OB(不祥事)による打ち直しも一度で済む」
忖度文化排除に挑め
--コロナ禍の今、広報に求められることは
「コロナ禍で在宅勤務の導入など働き方が変わった。人と会えず情報収集もままならず、トップとの距離も遠くなりがちな今こそ、広報力が問われる。在宅でも情報交換はできるので積極的に機会をつくり、グッドニュースを発信すればいい。在宅時間を利用して創業者の教えや経営理念など変えてはいけないものについて見直してみる絶好の機会でもある」
「またコロナ禍は企業文化・風土を変えるチャンス。中でも忖度(そんたく)文化の排除に取り組むときだ。不祥事の記者会見に出たがらないトップに対し『私に任せてください』という広報部長がいるが、もってのほかだ。責任を逃れたいトップにとって『ういやつ(かわいいやつ)』となるが、責任を取れるのはトップだけだ。『会見をやるべき』と直言できないのは困ったものだ。忖度をなくすというのは難しいことだが目指すべきで、広報は『会社を背負って立っている』という意気込みをもって、こうした企業文化・風土の変革に取り組んでほしい」
--駆け込み寺での16年間を振り返ると
「会員数200超は、危機管理という広報マインドが企業・組織に浸透してきたバロメーターといえる。達成感は道半ばだが、ゼロベースで始めたので、よくここ(道半ば)まで来たというのが本音でもある。時代とともに新たな課題が発生するので広報支援に終わりはない。『いい会社に悪い広報なし、悪い会社にいい広報なし』という。これからも広報のプレゼンスを上げ広報マインドを高めて企業・組織の持続的成長に貢献していく」
【プロフィル】三隅説夫
みすみ・せつお 立教大経済学部卒。1963年安田生命保険(現明治安田生命保険)入社。高知支社長などを経て84年広報室長。96年取締役広報部長。2001年ジャパン・コンファーム社長、05年NPO法人「広報駆け込み寺」を設立し代表。80歳。和歌山県出身。