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業界再興目指した「KIMONOプロジェクト」岐路 五輪関連行事も不採用 (1/2ページ)

 世界各国・地域をモチーフにした着物を制作し、業界再興のきっかけ作りを目指す「KIMONOプロジェクト」が岐路に立っている。お披露目の場として目標に掲げた東京五輪の開会式など関連行事での活用はかなわなかった。さらにプロジェクト内の対立が表面化し、法廷闘争に発展した。全国の制作者の思いなどが詰まった「KIMONO」が漂流しかねない状況に陥っている。

 一定評価も不採用

 プロジェクトは平成26年、福岡県久留米市の呉服店「蝶屋」の高倉慶応社長が創設した一般社団法人「イマジンワンワールド」が進めている。「各国の着物を身にまとった人が手をつないで輪を作り、世界に向け平和と友好のメッセージを発信する」とのコンセプトを掲げ、東京五輪開会式でのお披露目を目標に、振り袖と帯の制作を全国各地の職人に呼び掛けた。世界213の国・地域をモチーフにした着物の制作費は4億円超で、プロジェクトに賛同する企業や個人から募った。

 生活様式の変化などで着物の需要は右肩下がりだ。きものと宝飾社(京都)の推計では、昭和50年代に1兆8千億円弱だった小売り額は、平成30年には約6分の1の3千億円弱にまで落ち込んだ。着物作りには生地作りや染色などで多くの職人が携わるが、市場の冷え込みで次世代への継承がままならない状況に追い込まれている。

 高倉氏は「高い注目が集まると見込まれる五輪は工芸品としての着物や帯の美しさと、職人の高度な技術が国内外で再評価されるきっかけにできる」とプロジェクトの意義を説明する。

 当初、知名度の低さなどから寄付金の集まりは悪く資金繰りは綱渡りだった。その後、高倉氏の地元の久留米商工会議所や九州経済連合会など財界の支援を受けたことで軌道に乗り、平成30年に100カ国・地域分が完成、令和元年には213の国・地域をモチーフにした着物が完成した。高倉氏は「多くの人たちの支援と、職人の努力で奇跡が実現した」と振り返る。

 プロジェクトの振り袖と帯は五輪に先行し、国内外の多くのイベントや国際会議で採用された。同年8月に横浜市で開かれたアフリカ開発会議では、参加者を招いた夕食会で各国の着物を披露するショーが開催され、安倍晋三首相(当時)は「あれこそおもてなしの心」と絶賛していた。

 大会組織委員会や日本オリンピック委員会関係者の評価は高かった。しかし、式典全体の演出について検討を重ねた結果、組織委は同年12月、着物と帯の不採用を正式に決定した。

 内紛も影響か

 プロジェクトはその後も、五輪の式典以外でも何らかの形で発表できないか関係者に働き掛けを続けた。しかし、そのさなかに表面化したプロジェクトの内紛が足を引っ張った。

 同年8月、体調を崩した高倉氏がイマジンワンワールドの代表理事を退き、プロジェクトに関わってきた元スポーツ用品会社社員、手嶋信道氏に引き継いだ。当初良好だった両氏の関係は次第に悪化する。

 高倉氏は「手嶋氏は制作資金を拠出したスポンサーを威圧するなど代表者として不適格な振る舞いが目立った。代表理事の権限を悪用し、構成員を入れ替えるなど私物化、乗っ取りに等しい行動をとった」と批判する。

 一方、手嶋氏側は社団ホームページで公表した文書などで平成30年以降、高倉氏と社団法人の間に不透明な資金移動があったなどと主張する。これに対し、高倉氏は手続きに問題はあったと認めた上で「草創期の活動資金を立て替えたもので、監査での指摘を受け、契約を結び清算し直した。手嶋氏も代表理事として承認している」と反論する。

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