リーダーの視点 鶴田東洋彦が聞く

聖路加国際病院 石松伸一院長(2)音楽演奏でストレス解消

 --聖路加国際病院に入ったきっかけは

 「1993年8月に入職した。当時勤めていた川崎医科大学付属病院(岡山県倉敷市)の上司(同大教授)から『(92年に)聖路加が救急を始めたから2、3年手伝いに行ってほしい』といわれたのがきっかけだ。宮崎県出身で岡山県の大学・病院で過ごしてきたので東京には行ったこともないし、知り合いもいない。だが当時は上司からの命令は絶対で『行け』といわれたら行くしかなく、『2、3年で帰る』つもりが、いつの間にか27年になってしまった。聖路加の理念が自分に合ったからだ」

 --聖路加に入った当初はどんな感じだったのか

 「赴任直後の救急部はスタッフ4人と研修医がローテーションで回るという状況で、救急医療がどういうものかをあまり経験したことがない医師、職員が多かった。救急医療に興味を持って『救急こそ聖路加が提供すべき医療だ』と話す医師がいる一方で、『救急は本当に必要なのか』という雰囲気もあった」

 「いつ、いかなる状態で患者が運ばれてくるか分からないのが救急だ。しかも、あらゆる患者に対し適切な対応が求められる。相手を選ぶこともなく、夜だからといって断ることもしない。しかし当時は、救急患者を引き受けることに抵抗する雰囲気もあり、病院内の診療科に協力をお願いし、さらに地域や消防に理解されるようエネルギーを注いだ。よりよくしたいと邁進(まいしん)し、気がついたら聖路加を離れることはできないという気持ちになっていた」

 --「一期一会」を大事にしている

 「好きな4文字熟語で、救急はまさに出会いと別れの場。30分前に運ばれてきた患者が30分後には一生の別れになってしまうことも珍しくない。10年の闘病患者も30分の救急患者も同じで、医師にとっても、患者にとっても大事な時間を過ごすことになる。まさに一期一会を大事にする現場といえる」

 --ボランティア医師として東京・山谷に通う

 「NPO法人『山友会』の無料診療所(山友会クリニック)にボランティアとして参加している。健康保険証を持たない人たちが相手で、研修医や医学生を連れて診療に行き、26年も続いている。患者はリピーターが多く、どこで生まれ、どんなことがあって山谷に来たかを聞いた。多様な価値観があることを知り、患者の意をくみ取る医療の重要性を知った。ボランティアという気持ちはなく、むしろエネルギーや元気をもらっている」

 --仕事は緊張の連続だが、ストレス解消は

 「趣味は音楽。大学時代からチェロを弾いている。職員に音楽奏者が多いのを知って、声をかけて『聖路加フィルハーモニック・オーケストラ』を結成した。病院の中でコンサートを開催すると、必ず聞いてくれる患者がいて、下手な演奏でも拍手をくれる。何より患者に少しでも元気を与えられたらと思う。コロナ禍で活動を停止しているが、落ち着いたら再開したい」

 いしまつ・しんいち 1985年川崎医科大学医学部卒。92年同大学付属病院救急部副医長、93年聖路加国際病院救急部副医長、2005年救急部部長、救命救急センター長、13年副院長などを経て21年4月から院長。61歳。宮崎県出身。

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