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カニ、スシ、龍も…目立ってナンボ コテコテ看板を生み出す立体技術

 大阪・ミナミの道頓堀を歩くと、店舗の敷地から道まで飛び出した派手な立体看板がいくつも目に飛び込んでくる。カニやウシ、スシ、メロンパンまでも。そのたたずまいには、目立ってナンボの大阪商人の精神が具現化されている。新型コロナウイルスの影響で観光客は激減しているが、立体看板は再びのにぎわいを待ちながら、今日もコテコテの存在感を放っている。(西川博明)

 1体を作るのに1カ月

 「大阪王将」の全長4・5メートルもある餃子、「元禄寿司」の3メートルの赤身の握りをつかむ手。道頓堀を飾る立体看板を次々と納めてきたのが、従業員わずか4人の中小企業「ポップ工芸」(大阪府八尾市)だ。

 近鉄大阪線高安駅から歩いて工場を訪ねると、立体看板のもとになる発泡スチロールを削った粉で、辺り一面が真っ白になっていた。

 中村雅英社長(71)にアドバイスを求めながら、若いスタッフが慎重に発泡スチロールを削り出し、塗装していく。1体の立体看板をつくるのに約1カ月かけているという。

 「道頓堀の立体看板の大半がポップ工芸がつくったといわれる」と自負する中村社長。道頓堀商店会にある店舗で、少なくとも8店の店頭を彩っている。今年4月、カニ料理店の「大阪かに源」前に置かれていたカニのオブジェが壊される被害があったが、「あれ(カニ)もうちので…」と明かす。

 デザインで重視するのは「パッと見で、インパクトがあるもの」と語る。元禄寿司の看板を頼まれたとき、最初は皿にすしを6個並べる案だったが、中村社長の「すし1個にして、手をつけましょう。インパクトが強くなる」という提案が採用された。

 我流で…初作品は「龍」

 勤めていた大阪市内の薬品メーカーを脱サラし、昭和61年に創業した。新聞の求人広告で見つけた看板屋で1年修業した後、独立。最初は個人事業主で、平面の看板をつくる下請け業者だったが、転機は創業から11年後、平成9年に訪れた。

 「龍の立体看板をつくってくれ」。大阪で人気のラーメン店「金龍ラーメン」の看板製作を請け負った会社から下請けの依頼があった。「やったことがない」と当初は断ったが、押し切られ「しゃあないから、やりますわ」と挑戦した。

 ただ、つくり方は分からない。別の同業者に教えてもらおうと頼んだが、職人の世界で「誰も教えてくれない」。ひらめいたのはちょうちんだった。「青森のねぶた祭を思い出して、金網で本体(の骨組み)をつくった」。納期は2カ月後。看板表面を繊維強化プラスチック(FRP)で固めて塗装。妻にも手伝ってもらい、何とか初の立体看板「龍」を納めることができたという。看板から突き出た龍の頭部と尾。躍動感ある造形が評判を呼び「徐々に受注が増えた」。

 その後、発泡スチロールの立体造形物をつくるテレビ番組を見て、立体看板に応用するようになり、平成14年には、立体看板をつくる事業だけに絞るようになった。

 国内外に送り出す

 「世界中見渡しても、他に例がない」

 近畿大の清島秀樹名誉教授(現代文化論)は、ユニークな立体看板が目立つ道頓堀の街並みについて、唯一無二の場所と指摘する。

 同じ関西でも、歴史的建造物が数多く残る京都市では、屋外広告物に関する条例を制定し、周囲の景観との調和に配慮するよう規制している。マクドナルドは看板の赤色を落ち着いた茶色にしたり、貸駐車場は看板の黄色が白を基調にしたりするなど対応している。目立ってナンボの精神で各店が競い合うように人目につく大きな立体看板を掲げる道頓堀の光景とは対照的だ。

 清島名誉教授は、「大阪に『おもろい(面白い)』という価値観を重視する文化がある」と話し、さらに「文楽などの、人形を使った伝統文化を楽しんできた土地柄もあるのではないか」とみる。

 我流で立体看板の技を磨いてきたポップ工芸の中村社長。今は後進を育成、指導しながらユニークな立体看板を国内外へ送り出し続けており、年間40体前後の受注がある。奈良県のマスコットキャラクター「せんとくん」の立体像など、自治体からの発注も増えている。

 それでも道頓堀は立体看板の文化が生まれた特別な場所だと感じている。「うちの作品が集まっている。道頓堀の仕事がくると『また作品がひとつ増える』と思い、仕事に自然と熱が入る」と目を細める。

 コロナ禍でにぎわいは遠ざかっている道頓堀だが、今もポップ工芸生まれの立体看板が元気に存在感をアピールしている。

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