司馬遼太郎 没後20年に想う 誰もが偉大なリーダーになれる
高論卓説今から20年前の1996年2月。一人の巨星が墜ちた。産経新聞記者出身の国民的大作家、司馬遼太郎氏である。
残念ながらお会いしたことはない。しかし、「人生を創る」ことの醍醐味(だいごみ)を、数々の痛快な歴史上の人物を通じて、最初に私に教えてくれた大恩人だ。少なくとも、司馬氏の数々の著作がなければ、三方が山の埼玉西部育ちのノンポリ中学生は、国や社会のために都会で頑張ろうと心を震わせ、勉学に励むことはなかった。
司馬氏の著作が、私はもちろん、国民的な共感を呼んだ背景には、2種類の「矛盾の統合」があると思う。
一つは、理性と情熱の統合だ。記述が「非常に理性的かつ情熱的」という不思議な昇華がある。文春文庫の著作に特徴的だが、「これは小説だろうか」と感じるほど、ノンフィクション的な史実の正確な記述がある一方、生の輝きを情熱的な筆致で描写し、小説の持つ訴求力を遺憾なく発揮している。
「泣こよっか、ひっ翔べ」(泣いて悩むなら、思い切って飛べ)と育てられた薩摩隼人、特に西郷隆盛や大久保利通の友情と相克を軸に、明治初期をドキュメンタリー的に正確に、同時に、生き生きと描いた『翔ぶが如く』に胸を躍らせて官僚になった元同僚は少なくない。
つまらない歴史の授業のような事実の羅列でもなければ「大久保はスーパーマンだ」みたいな扇情的描写でもない不思議な「矛盾の合一」。司馬氏は評論などで「昭和陸軍のリアリズムの欠如」をよく批判するが、まさに、ご自身は徹底したリアリズムを重低音としながら「生を得るための、断崖からの死の跳躍」を活写したと言えるのではないか。
もう一つは、特異性と普遍性の統合だ。人物の「特異性」「反時代性」とともに、時代の雰囲気や当時の「志ある人」の心性を一般化して描写している。「我が成す事は我のみぞ知る」と、うそぶいて回天の偉業を遂げた坂本龍馬や、不世出の軍略家である秋山真之などの「傑物たる所以(ゆえん)」を感動的に記す一方で、「一般的な青春に燃える若者」性も、丁寧な時代背景の描写とともにあぶり出している。
『竜馬がゆく』で、「自分も龍馬になれる」と、志を抱いた政治家は数知れず、『坂の上の雲』で、当時の平均的な軍人・官僚が、いかに真剣に海外などに学び、実践的な仕事をして、「いざ」というときに力を発揮したかを知って反省する官僚も多数いる。
上述の坂本龍馬や秋山真之、その他、私の好きな河合継之助、高田屋嘉兵衛らは、司馬氏が有名にしたと言っても過言ではないと思うが、特異な才能で特別な業績を残した人を「よくいる青年」化して広く知らしめることに成功していると思う。
手前みそだが、司馬氏の影響もあって、私が塾頭を務めるリーダー塾では「リーダーとは、肩書きで人の上に立つ特別な“指導者”ではなく、一人でも始める“始動者”のことだ」と教えている。
司馬氏は、想いと行動で「誰でも偉大なリーダーになれる」可能性、そして、付け加えるならば、仮に時代に埋もれても、事績や名前は後世の「司馬遼太郎」が掘り起こしてくれる(かもしれない?)可能性を、私たちに残してくれた。
最後に、大出世作となった約4年にわたる新聞連載小説に関するエッセー「『竜馬がゆく』がうまれるまで」からの一節を引用したい。
「一人の剣客をかくのではない。一人の青年をかくのだ、と決意した。それも、私どもの周囲にでもいる平凡な青年が、次第に成長して、しかもその成長を読者とともに楽しみつつ、ついに日本史を2度にわたって、たった一人で動かした愛すべき男をかくのだと決心した。(中略)竜馬のような一見、凡庸な子供はどの家庭にもいる。読者が、これは自分の弟だ、とか、自分の子供だ、という共感で読んでくれる時代小説を書きたい。それが成功すれば、時代小説の伝統に一つの新しいものを加えることができるだろう、と思った」
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【プロフィル】朝比奈一郎
あさひな・いちろう 青山社中筆頭代表・CEO 東大法卒。ハーバード大学行政大学院修了。1997年通商産業省(現経済産業省)。プロジェクトK(新しい霞ヶ関を創る若手の会)代表として霞が関改革を提言。経産省退職後、2010年に青山社中を設立し、若手リーダーの育成や国・地域の政策作りに従事。中央大学客員教授。42歳。
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