チェス対戦で機械と共に理解探求

人工知能時代を生きる
パソコンを使ってチェスの指導をする小島慎也さん(右)=2月、東京都渋谷区

 ■勝てないのは「当たり前」

 1997年5月11日、当時のチェス世界王者、ガリ・カスパロフ氏は、米IBM製のチェス用コンピューター「ディープブルー」に敗れた。

 「人類代表が負けた」。88年の全日本チャンピオン、鈴木知道さん(49)=東京理科大教授=は、当時在籍していた東大の研究室で1人、パソコンの画面を呆然(ぼうぜん)と見詰めた。

 チェスはその奥深さゆえ、人間の知性の象徴とされてきた。「コンピューターに負けるようなゲームに価値はないと思われ、チェスが衰退してしまうのではないか」。不安が脳裏をよぎった。

 「この駒の動きは…」。全日本チャンピオン5度の小島慎也さん(27)は今年2月、小学6年の男子の東京都内にある自宅でチェスを教えていた。個人指導を中心に、チェスに関する仕事だけで生計を立てる。欧米ほどチェスが盛んでない日本では異例だ。

 カスパロフ氏の敗北時は小学生。自宅のパソコンでチェスを覚え、コンピューターをライバル視する考えはない。「人より強いのは当たり前だから。走って車と勝負する人がいないのと同じ」

 スマートフォンのソフトでさえ人を上回るという現在も、チェスの魅力は変わらないと思っている。ゲーム自体の面白さ、トッププレーヤーのプライドをかけた戦いが生むドラマ、盤を通じた交流の楽しさ…。いずれもコンピューターと人の優劣とは関係ないからだ。

 かつてチェスの将来を案じた鈴木さんは今、達観したように話す。「チェスは人にしか極められない特別なものではなかった。むしろ、より深く理解できるようになってきたのはコンピューターのおかげでもある」

 時には定跡から外れた「人間では100年先まで思いつかない」ような手を打つ。人より強く、疲れによるミスもない以上、そこには必ず何らかの意味がある。プレーヤーはそれを考え抜くことで、新たなアイデアを吸収しているという。

 ただ、コンピューターはまだ、あらゆる場面で完璧な手を見つけられるわけではない。小島さんは「ある一手に限れば、人の読みが上回っていると感じる瞬間はある」と自負ものぞかせる。

 近年、チェスよりゲームが複雑な将棋や囲碁でもプロ棋士が負けた。世界最強の指し手が人でなくなるのは時間の問題とみられている。

 だが、小島さんはそんな現状を楽しんでいるようにも見える。「変化に適応できるのは人の強み。チェス界とコンピューターだって、30年前には思いもしないような形でうまく付き合っている。100年後もきっとできるはずだ」