アリ氏の魂と舛添知事の恋々

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アリ氏の追悼式には星条旗とともに五輪旗が掲げられた=10日、米ケンタッキー州・ルイビル(AP)

 掲げられた大きな旗に吸い寄せられた。

 ボクシング元世界ヘビー級チャンピオン、ムハマド・アリ氏の追悼式が10日、故郷の米ケンタッキー州ルイビルで営まれ、ビル・クリントン元大統領、元ヘビー級王者のマイク・タイソン氏や5階級制覇のシュガー・レイ・レナード氏、俳優のウィル・スミス氏やアーノルド・シュワルツェネッガー氏ら著名人が参列した。

 生前の偉業をしのぶ式典会場には、星条旗とともに五輪旗が掲げられていた。「The Greatest(最も偉大な人)」と呼ばれ、多くの人から尊敬されたチャンピオンの魂はオリンピック・ムーブメントにも生き続けることを象徴していた。

 ◆金メダル投げ捨て

 アリ氏と五輪との因縁は深い。1960年ローマ五輪ライトヘビー級金メダリストとなって凱旋(がいせん)帰国したものの、レストランで「ここは白人専用、お前みたいな黒人が来るところではない」と追い出された。栄光から一転して屈辱へ。その怒り、悲しみから金メダルを川に投げ捨てた。

 プロ転向で世界王者になると、リングの外では人種差別撤廃、ベトナム反戦運動の先頭に立った。引退後はパーキンソン病と闘い、96年アトランタ五輪の開会式で手を震わせながら聖火台に点火した。大会期間中、国際オリンピック委員会(IOC)のファン・アントニオ・サマランチ会長(当時)から、改めて金メダルを授与されたときの笑顔が忘れられない。

 クリントン元大統領は追悼式の弔辞で「ボクサーとしてより、引退後のパーキンソン病との闘病生活のほうが偉大だった」とたたえ、20年前の五輪開会式を思い出しながら「子供のように泣いた」と熱い胸の内を語った。

 2012年ロンドン五輪開会式で五輪旗入場の一翼を担ったのは記憶に新しい。

 五大陸から選ばれた人権活動家ら8人が運び役として登場、彼らの行進の途中で待ち受けていたのはアリ氏だった。妻に付き添われながら、ほんのわずかとはいえ、五輪旗に触れると、会場から大歓声が巻き起こった。テレビ中継を通じても感動が伝わってくるシーンは永遠に語り継がれるだろう。

 五輪憲章のオリンピズム(根本原則)の一節を紹介する。

 「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し、スポーツを人類の調和の取れた発展に役立てることにある」

 人種差別撤廃、ベトナム戦争反対を訴えたスーパースターの生涯はオリンピズムそのものである。それだけ、思い入れが強かった。言葉だけに終わらせず、実際に行動で示してみせたことに多くの人が共感し、彼の言動を支持した。

 ◆情けない疑惑次々

 翻って、われわれの周囲をみると、情けなくなってしまう。

 20年東京五輪・パラリンピックは新国立競技場建設計画、エンブレムの白紙撤回、招致不正疑惑とトラブルが続き、ここにきて、舛添要一都知事の政治資金私的流用問題が明らかになった。

 連日、厳しい追及を受けながらも、知事は8月21日のリオデジャネイロ五輪閉会式のフラッグ・ハンド・オーバーセレモニー(五輪旗の受け渡し)に次期開催都市の首長として出席する構えを崩していない。

 オリンピック・ムーブメントに携わる者は崇高な精神を持ち、清廉潔白を求められる。

 度重なる公私混同を指摘されている“渦中の人”が五輪旗引き継ぎという象徴的なセレモニーの主役を務めるとは、皮肉なシナリオである。

 その瞬間を正視できる都民はどれくらいいるのだろうか。自らの出処進退を決めるときが近づいている。

 五輪は、スポーツを通じて、平和で平等な世界を目指すことが目的の一つ。近代五輪の創立は1894年6月23日とされ、IOCはこの日を「オリンピックデー」と定める。日本オリンピック委員会(JOC)も記念のイベントを予定している。

 今年のオリンピックデーは「The Greatest」の魂に触れ、歴史や精神を学ぶ良い機会にもなる。

 アリ氏の偉大さは、旅立っても永遠である。(津田俊樹)