「死ね、殺すぞ」「ハゲじじい」頭に七味唐辛子 パワハラ部長“反撃”の行方
「パワーハラスメントだったと認定します」。会社のコンプライアンス担当者からそう告げられた8日後、大手保険会社の部長職にあった40代男性は解雇された。ロッカーをけ飛ばして威圧した、飲み会の席で同僚の頭に七味唐辛子を振りかけた-。出世街道をばく進してきた男性に突きつけられたのは、怒濤(どとう)の被害証言。男性は「事実無根だ」とパワハラを全面否定し、地位確認を求めて大阪地裁に提訴した。会社側の認定と真っ向から食い違う男性の言い分とは。
パワハラ質問書
大手保険会社に勤務し、年収は1千万円超。40代半ばという歴代最年少で東海エリアを統括する部長職に就任した。部長になって2年、出世の道は大きく開けているはずだった。
舞台が暗転するのは昨年2月のこと。訴状によると男性は突然会社から呼び出しを受け、東京本社で3人のコンプライアンス担当者と向き合うことになった。呼び出しの詳しい理由は聞かされていなかった。
「質問に回答し、声に出して読み上げてください」
担当者はそう言って、数枚の書面を手渡してきた。表題は「パワーハラスメント疑義について」。男性はその瞬間初めて、自分にパワハラの嫌疑がかけられていることを知った。
「このような言動をしたとの証言がありますが、事実ですか」
そう書かれた質問項目の下には具体的な数十個の被害証言が列挙され、空白の回答欄が用意されていた。
《机をたたき、着座中の椅子を蹴る》
《別室を利用せず、いつも人前で叱責する》
身に覚えがないものが多い。戸惑いながら、ひとつひとつ否定する回答を自筆で記入し、読み上げた。
だが、担当者は回答を聞き終えると、その場で淡々と宣告した。
「(被害)証言があります。パワーハラスメントと認定します」
「俺は部長だ!」
会社に通報したのが部下なのか上司なのか、被害を訴えているのは何人だったのかなど、詳細は明らかにされていない。ただ、質問書に記載された大量のパワハラ証言は、実に生々しかった。
たとえば暴言。
「俺を誰だと思ってるんだ、俺は部長だ!」
「死ね、殺すぞ」
「小学生からやり直せ」
「降格させるぞ」
「代わりはなんぼでもおる」
さらには暴力的行為。
《大声で怒鳴り威嚇する》
《叱責しながらロッカーをけ飛ばす》
男性はこれらの発言についてすべて「言ったことはない」と否定し、「叱責ではなくアドバイスをした」と主張する。
ロッカーについては「自分が上司に叱責されたときに悔しくて、ロッカーをたたいたことはある」と、他人に向けた行為ではないと反論した。
七味は「セクハラを止めるため」
一方で、行為自体は認めているものもある。たとえば、頭髪が薄い同僚男性に対する言動がそうだ。
《「ハゲじじい」「ヅラを取れ」と言う》
《(漫画サザエさんに登場する)波平さんの漫画を描いて椅子に貼る》
なぜそんなことをしたのか。男性の説明はこうだ。
「私もハゲており、互いのコミュニケーションの一部としていた」
2人の良好な関係性を前提とした、日常的な冗談の範囲内だという言い分だ。
行為の正当性を訴えているものもある。
《飲み会の参加者の頭にマヨネーズや七味唐辛子を振りかけ揶(や)揄(ゆ)した》
男性はこの出来事について「同僚が酔って女性社員の胸を触るなどセクハラをした。やめるよう注意したがやめなかったので、やったことだ」としたうえで、「それだけを取り出して非難されるいわれはない」と訴えた。
だが会社は被害証言を重視。男性は即日自宅待機を命じられ、わずか8日後、「職場の秩序を著しく乱した」として、翌日付で諭旨解雇された。
男性は「ほとんどが事実無根か、事実が歪曲(わいきょく)されたものなのに、一方的に解雇された」として、今年4月、地位確認を求める訴訟を大阪地裁に起こした。
会社側は6月の第1回口頭弁論で請求棄却を求め、全面的に争う姿勢だ。
パワハラ相談10倍に
「パワーハラスメント」という言葉は、コンサルティング会社「クオレ・シー・キューブ」(東京)の岡田康子会長が平成13年に定義した和製英語だとされている。比較的新しい言葉だが、社会問題として認識され、すっかり定着した。
厚生労働省によると、全国の労働局などに寄せられた個別労働紛争相談のうち、パワハラにあたる「いじめ・嫌がらせ」は、14年度の6627件から、27年度は6万6566件と、約10倍に急増した。被害者が訴訟に打って出るケースも増え、企業にとって対策は急務となっている。
パワハラの加害者について岡田会長は「自分がパワハラをしているという自覚がないことがほとんどだ」と話す。加害者は過度にプレッシャーを感じていたり、特定の部下に困っていたりと仕事上の問題を抱えているケースが多く、「仕事の負担を軽くして部下の指導の仕方を教えるなど、加害者が困っていることを解消するのも解決策のひとつだ」とアドバイスする。
ただパワハラという言葉が一般的になったことで「過剰に『被害を受けた』と主張する人も増えている」と岡田会長は言う。「会社は一方当事者の話だけでパワハラと決めつけず、まずは事実を把握した上で加害者側の主張も十分に聞き取り、対処方法を考える必要がある」と指摘した。
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