日本人としての意識、誇り取り戻せ 産経新聞社正論調査室・工藤均
視点■蛍の光 知らない、歌えないという現実
「蛍の光」といえば、かつては小中学校などの卒業式で歌われる定番の曲だった。近年はポップソングや新しい卒業の歌など、生徒にとって身近な歌が好まれている。学校で教えられない「蛍の光」。今では曲の存在を知らない子供たちもいる。
8月後半、産経新聞社が主催している中学生から30代までの若者向けの勉強会「産経志塾」の中で、講師の自民党参議院議員、有村治子氏が「蛍の光」の歌詞が書かれた紙を塾生に配り、歌おうと呼びかけた。すると、中高生から「『蛍の光』って何?」「タイトルは聞いたことがある。でも、歌えない」…の反応。歌い出しを聞き、「あーあ、デパートの閉店前に流れるBGM?」の声。紅白歌合戦の最後に出場歌手が歌うことも当然知らない。地域差はあるだろうが、これが現実なのである。
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文部科学省などによると、「蛍の光」は1881(明治14)年に刊行、82(15)年に出版された文部省作成の初の音楽教科書「小学唱歌集」に掲載。文献によると、原曲はスコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」。キリスト教の宣教師たちによってアジア・太平洋地域に賛美歌として伝えられたが、日本では当時の政治状況もあり、唱歌教育として定着したという。
幕藩体制から新しい国をつくり始めた明治初期、若い人の国民意識を育てる狙いがあった。もともとは卒業生を送り出す歌ではなく領土防衛の歌で、祖国防衛の任務のため国境に赴く夫を妻が送る別れの歌とされる。日本が統治していた台湾や韓国では、卒業式で歌う文化が定着していた。
ただ、4番まであった「蛍の光」は戦後、2番までしか歌われなくなった。「ひとつにつくせ、くにのため」(3番)、「ちしまのおくも、おきなわも、やしま(日本国)のうちの まもりなり」(4番)などの歌詞が「平和国家の唱歌」にふさわしくないという判断があった。侵略して領土を拡大した歌詞とされたり、沖縄を国防の要衝と位置づける国の意思が反映されたりするなど軍事色が濃いとされ、GHQ(連合国軍総司令部)の指導もあり、とくに教育現場では敬遠され、歌われなくなったという。
当時の理由は今もなお、ふさわしいものなのだろうか。「ひとつにつくせ、くにのため」こそ日本人が一つになって国に尽くしたいというのが本来の意味。現代にも伝えていい日本人としての意識や誇りにつながる。とくに、3番と4番を知って初めてこの歌の意味するところが分かる。国を愛し、国を守るということが戦後教育の中で失われ、今日の領土問題への関心の薄さにつながってはいないだろうか。
小学校高学年になると必ず、教師から歌唱指導を受けた。この連綿とした学校教育の歴史は、日本の近代化にも少なからず影響を与えてきた。「美しい日本人の心を育てる教育」を推進する民間人による全国組織「全国教育問題協議会」の山本豊・常務理事兼事務局長は「日本人の心を育む意味でもせめて、こういう歌があることぐらいはしっかりと教えてほしい」と話す。
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文部科学省によると、現在の「小学校学習指導要領」(2008年3月告示)で指導している歌唱の「主となる共通教材」として、高学年では「こいのぼり」(第5学年)、「ふるさと」「われは海の子」(第6学年)などがある。「(何を歌うかは)現場の判断に任せてある」(初等中等教育局教育課程課)とするが、「蛍の光」は入っていない。今後もわからないという。「蛍の光」の代わりに歌われてきた代表的な歌は「巣立ちの歌」、「贈る言葉」など。近年では「旅立ちの日に」「YELL」などが卒業式の定番ソングになっている。
歴史家で「蛍の光」の作詞者とされる稲垣千頴(ちかい)氏の出身地、福島県棚倉(たなぐら)町では今年1月、千頴を顕彰するコンサート「蛍の光音楽祭」で、有名歌手や友好都市である埼玉県川越市から大学生を招いて大合唱するなど、普段から「『蛍の光』のふるさと」のPRに努めている(町生涯学習課)。
歌詞をかみしめて歌い、日本の心を育み、日本の国土、領土を認識し、国づくりを考える。さまざまな場所で「蛍の光」が歌われる社会が復活してほしいと思う。
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