フィデル・カストロ氏死去 キューバ前国家評議会議長 90歳

 
2002年5月、メーデー集会で演説するキューバのフィデル・カストロ国家評議会議長(ロイター=共同)

 1959年1月にキューバ革命を実現させ、約半世紀にわたり最高指導者として君臨したフィデル・カストロ前国家評議会議長が25日午後10時29分(日本時間26日午後0時29分)に死去した。実弟のラウル・カストロ現議長(85)がキューバ国営テレビで発表した。90歳。死因や死亡場所は明らかにしなかった。

 フィデル氏の死去を受けて国家評議会は26日、同日から12月4日までの9日間を国民の服喪期間にすると発表した。4日には前議長の葬儀が予定されている。服喪期間中は政府や軍事施設の国旗を半旗にし、公のイベント開催を控えるよう呼び掛けた。

 フィデル氏は2006年7月に腸内出血で手術を受け、08年2月に元首である議長職を引退していた。

 親米政権打倒のためアルゼンチン人のチェ・ゲバラらとともにゲリラ戦を展開し、革命を実現。社会主義路線を取り、東西冷戦の下、1962年には旧ソ連のミサイル配備をめぐり米ソが核戦争の一歩前まで至ったキューバ危機が起きた。

 米政府はキューバを「圧政国家」と非難し民主化圧力をかけてきたが、オバマ米政権は大きく方針転換し、両国は2015年7月に国交を回復。16年3月、オバマ大統領が現職の米大統領として88年ぶりとなる歴史的なキューバ訪問を果たした。

 フィデル氏はまた、親日家としても知られ、03年3月に広島市を訪問して原爆資料館などを見学。今年9月、日本の首相として初めてキューバを訪問した安倍晋三首相とハバナで会談し「両国は核のない世界をつくるという点で一致している」と語っていた。(ハバナ 共同)