CERNが挑む宇宙誕生の謎 「暗黒物質」に迫る素粒子検出器

 
素粒子が飛んだ跡を調べる検出器「アトラス」=スイス・ジュネーブ郊外(CERN提供・共同)

 138億年前に生まれた宇宙は何でできていて、私たちはなぜ宇宙に存在しているのか。壮大な問いに、スイス、フランスの国境にある欧州合同原子核研究所(CERN)の研究者が挑んでいる。ここにある世界最大の加速器LHCで、宇宙の始まりビッグバンに近い状態を作り出し、新たにできるこれ以上小さくできない物質「素粒子」の正体を調べる。答えはその中に隠されているという。研究の最前線をのぞいた。

 ヘルメットをかぶり、専用エレベーターで地下100メートルまで降りると、巨大な車輪のような装置が眼前に迫った。1周27キロある加速器LHCの巨大地下トンネルとつながる世界最大の素粒子検出器「アトラス」だ。

 LHCは、水素の原子核である陽子と陽子を電気の力で光速近くまで加速し、衝突させたときに生まれる膨大な素粒子を検出器で測定する仕組み。

 実験に参加する浅井祥仁・東京大教授は「中心となる部品の一つ一つが特注品だ。運転中は絶えず誰かが制御室におり、24時間態勢で管理する」と説明する。

 「神の粒子」の先へ

 LHCは2008年の運転開始後の12年、万物に重さを与え、「神の粒子」とも呼ばれるヒッグス粒子を発見したことで知られる。

 研究者は、2000兆回もの衝突実験を重ね、ヒッグス粒子の痕跡を注意深くより分けた。その難しさを、アトラスと研究でしのぎを削る検出器「CMS」チームのアルシャナ・シャルマ博士は「世界で1年間に消費されるすしから、一粒だけ性質が異なるコメ粒を見つけるようなものだ」と例える。

 物理学の基本的な理論「標準理論」で予想された素粒子のうち、最後まで見つかっていなかったヒッグス粒子が発見されたことで理論はひとまず完成した。だが、研究者らは「これで終わりではない」と口をそろえる。宇宙が何でできているのか、標準理論だけでは説明がつかないからだ。

 衝突実験3京回

 謎の代表格は、宇宙を満たしているとされる正体不明の「暗黒物質」だ。銀河の動きから存在が確実視されるが、直接観測はできていない。目には見えない暗黒物質をどうやって探すのか。粒子のエネルギーは通常、衝突の前と後で変化することはない。もし大幅に足りなければ、検出器をすり抜けた未知の粒子、すなわち暗黒物質が存在すると推定できる。

 研究者は今後、衝突頻度を増やす改造工事を進め、こうした宇宙の謎に挑む。16年に4000兆回だった衝突頻度を、20年代後半には7倍以上の年間3京回に増やす予定だ。

 ヒッグス粒子発見の発表当時、多くの研究者がつめかけた部屋は、静まりかえっていた。再び、世紀の大発見が報告される日を待ちたい。