「大津波、仕方なかったのか」検察官役の指定弁護士が冒頭陳述

東電強制起訴初公判
福島第1原発事故を巡る初公判に臨む検察官役の指定弁護士ら=30日午前、東京地裁(代表撮影)

 東京電力福島第1原発事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で強制起訴された元会長の勝俣恒久被告(77)ら東電旧経営陣3人の初公判。「(10メートル超の津波が襲来するという)計算結果の重大性は十分に認識できた」。東京地裁104号法廷では30日、検察官役の指定弁護士を務める神山啓史弁護士が時折、語気を強めて3被告に刑事責任があることを強調しつつ、冒頭陳述を読み上げた。

 「人間は自然を支配できません。私たちは地震や津波が、いつ、どこで、どのくらいの大きさで起こるのかを事前に正確に予知することはかないません。だから、仕方なかったのか…」

 午前10時15分ごろ、刑事事件のスペシャリストと言われる神山弁護士は、証言台に立つと、やや甲高い声で静かに切り出した。「被告人らが原発を設置、運転する事業者を統括する者として注意義務を尽くしたか。注意義務を尽くしていれば原発事故は回避できたのではないか。それが、この裁判で問われています」と続けた。

 白い長袖シャツを腕まくりした神山弁護士は、左手で目の高さくらいまで持ち上げた資料ファイルを見ながら、まずは平成23年3月の原発事故の経過について事実関係を述べていく。法廷両側の大型モニターには神山弁護士の話している内容のタイトルを表示している。

 福島第1原発は太平洋に面した敷地東側の海面から高さ10メートルの地盤に設置された。だが、東日本大震災で発生した津波は地盤の高さを超え、敷地内に海水が大量に流入、非常用発電機が使用不可となり、全電源喪失に至ったことで原子炉建屋が水素爆発するなどして周辺に大量の放射性物質が飛散した。

 原発から約4.5キロ離れた双葉病院と隣接する老人施設の入院患者や入所者約440人が救助される過程で、44人が長時間の搬送や待機を余儀なくされ死亡した。神山弁護士が口調を変えたのは、この44人が死亡する経過を述べたときだった。

 「(患者らを搬送した)バスの中の状況は悲惨で、椅子に座ったままの状態で死亡している者や補助席に頭を乗せて死亡している者もいた」。神山弁護士はこう説明した上で、一呼吸置いて「本件事故がなければ、44人もの尊い命が奪われることはなかったのです」と口調を強めた。

 傍聴席に座っていた男性は険しい視線を3被告に向けていた。一方、勝俣被告らは終始、うつむいたまま。ただ、武藤栄被告(67)=元副社長=は手元の冒頭陳述要旨に、たびたびメモを取る姿が見られた。

 神山弁護士の冒頭陳述は被告人らの責任など核心部分に迫っていく。「被告人らが10メートルを超える津波襲来の可能性があることを予見し、あるいは予見しうる状況があったのであれば安全対策を取る義務があったことは明らか。ところが被告人らは『予見できなかった』と主張する。そこでいくつかの事実を積み重ねることで、遅くとも平成23年3月初旬には10メートル超の津波襲来を予見できたことを明らかにする」と宣言した。

 (1)地震調査研究推進本部の長期評価により、従来想定されたよりも大きな地震が三陸沖から房総半島沖にかけて起きる可能性があること(2)平成19年には新潟中越沖地震が発生し、勝俣被告を含めた3被告が出席するため、「御前会議」と社内で呼ばれる対応会議が設置されたこと(3)長期評価を受けて東電子会社の「東電設計」が計算した結果、15.7メートルの津波が襲来する可能性があること-などが順次、明らかにされた。

 神山弁護士がポイントを置いたのは、15.7メートルの計算結果に対して武藤被告が対策を取らなかったことと「御前会議」での報告だった。計算結果を聞いた上で武藤被告は「(長期評価ではなく)従来の評価に基づいてチェックを行うこと」などを部下に指示。一方、御前会議では東電職員から「14メートル程度の津波が来る可能性があるという人もいて…」と報告があり、勝俣被告はこの発言を明確に聞いたという。

 神山弁護士はまとめとして、「武藤被告は平成20年6月には東電設計の計算結果(15.7メートル)を把握していた」と主張。他の2被告についても「継続して原発の安全性に係る会社内外の情報を常に収集することによって、東電設計の計算結果の重大性は十分に認識できた」と述べた。

 3被告をトップにした御前会議の組織図など大型モニターを使いながらも、神山弁護士は終始、目の前にいる3人の裁判官から目を話さずに約1時間35分かけて冒頭陳述を読み上げた。

 「被告人らが費用と労力を惜しまず、課せられた義務と責任を適切に果たしていれば、本件のような深刻な事故は起きなかった」

 神山弁護士は最後にこう断言し、指定弁護士側の席に戻ると一瞬、満足そうな笑顔を見せたが、すぐに口元を引き締めた。

 予定では午後も続くはずだった指定弁護士側の冒頭陳述は午前中に終了し、午後1時15分から弁護側の冒頭陳述が始まる。

【東電強制起訴初公判】旧経営陣弁護側、真っ向反論で無罪主張「予測をはるかに超える津波」 を読む