タイ前首相国外逃亡の全容判明 排除の論理で大きな転換期
2014年5月の軍事クーデターで政権を追われたタイのインラック・チナワット前首相の国外逃亡の全容が次第に明らかになりつつある。当初は東部サケーオ県アランヤプラテートにあるカンボジア国境で現職警察幹部の協力で国境を越えたとされたが、実際はトラート県チャーン島にいた協力者によって沿岸を伝い、あるいは船によってカンボジア入りした可能性が高まっている。背景には、前首相が進めた「コメ担保融資制度」をめぐる刑事裁判で有罪判決が濃厚となったためとされ、08年から国外で逃亡生活を続ける兄のタクシン元首相を頼るしかなかったとの見方が広がっている。
島からひっそり脱出
インラック前首相をめぐっては、政権時に進めた事実上のコメの買い取り策「コメ担保融資制度」をめぐる刑事裁判で最高裁政治犯罪部が8月25日に判決を言い渡すことになっていた。すでに15年に国会の弾劾手続きによって5年間の公民権停止とされた前首相が、今度は最長で10年の有罪判決を受ける可能性が取り沙汰されていた。
タクシン派側はタクシン元首相自らが精鋭の弁護団を編成、弁護活動にあたったが、公判を2年程度引き延ばすことに成功しただけで、情勢は厳しさが伝えられていた。こうしたことからインラック前首相が勝訴は困難と判断し、国外脱出を決意したものとみられている。判決は延期の末、9月27日に言い渡しが行われ、禁錮5年の実刑判決が下された。
関係者の証言を総合すると、インラック前首相は判決予定2日前の23日夕、乗用車で南東部トラート県チャーン島周辺に向かった。GPS(衛星利用測位システム)による軍と警察の追跡ができないよう、日常使用しているメルセデス製の車両は使わず、トヨタ製の車が利用された。携帯電話も電源を切った上で、携行しなかったという。
チャーン島はタイでプーケット島に次ぐ大きさの島だが、観光客は多くない。島にある繁華街も小規模で、険しい地形から島を周回する道路すらいまだ整備されていない。このため、南部を中心に漁港を兼ねた私設港が点在し、入管を経ないカンボジアとの渡航が事実上可能となっている。
本土と島とを結ぶフェリーも10近いルートがあり、運航会社ごとに桟橋を保有していて渡航記録は集約されにくい。午前5時台からの早朝便もあって、お忍びで渡るには格好の島とも言える。ほとんどのフェリーで乗用車ごと乗船ができる。
この島に、前首相側の協力者がいたことが軍と警察の追跡で明らかになっている。トラート県本土からそのまま南進すればカンボジア国境に至るが、周囲を国定公園の未開地が囲むため迂回(うかい)もできず、陸路での脱出は適当でない。軍や警察が、チャーン島を経由して沿岸伝いか海路からのカンボジア入りを強く疑っているのにはこうした理由がある。
後継者にも不正疑惑
そもそもタクシン派は前首相の刑事裁判を薄氷で勝訴した後、来る総選挙で巻き返しを図る公算でいた。そのための弁護団でもあった。ところが、軍政下での公判が進む中で形勢は次第に劣勢に傾いていった。こうした中、自派をさらに窮地に陥れる新たなスキャンダルが持ち上がった。
元・前首相が政界を去った後、タクシン派の次期ホープとして期待されていたのが元首相の長男パーントーンテー氏だった。ところが、元首相時代の03年に国営クルンタイ銀行から拠出された99億バーツ(約340億円)の巨額不正融資事件をめぐり同氏が関与したとして、法務省特別捜査局(DSI)が告訴の方針を固めたとの情報が浮上したのだ。容疑は資金洗浄。有罪となれば政治一家チナワット家は断絶の可能性も出てくる。
こうしたことから、当面の政界復帰は困難と判断。元首相の指示でインラック氏の国外脱出が固まったとみられている。現在、インラック前首相はドバイを経由して英国に滞在中で、現地で亡命の申請を行っている。政治的迫害に至った経緯や、このままタイに留まった場合に身に降りかかる危険や財産の差し押さえなどついて詳細に供述しているもようだ。
軍政のプラユット暫定首相は就任当初、党派を超えた「国民和解」を提唱。さまざまなイベントを企画したほか、民族団結の歌も作った。だが、対立の根が修復不可能なことが判明すると大きく方針を転換。タクシン派を排除することで国内の混乱を収める道を選択するようになった。クーデターから4年目。排除の論理によってタイの政治は大きな転換期を迎えようとしている。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)
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