【ローカリゼーションマップ】戦時の「実は…」が語られる契機とは 歴史に馴染む素養として考えてみる

 

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 毎年日本では夏になると、第二次世界大戦中の「実は…」が語られるようになる。正確にいえば、夏を問わず「実は…」を語る人がいるのだが、それらの「実は…」が一斉に報道されるのが夏である。

 今夏も、召集令状の赤紙を配布していた人の記録が本人の希望で公開されたことや、満州国からの引き揚げに際し、小さな妹や母親が毒殺されるのを眺めているしかなかった人の悔やみを語った記事を目にした。

 「実は…」は季節を変え、欧州戦線における経験談にもある。特にドイツのヒットラー政権時の「抑圧した側」と「抑圧された側」の両方の「実は…」は関心を集めやすい。

 戦時はある程度の期間を伴うので、自然災害の場合の「実は…」と異なる。また自然災害に反対も賛成もないが(自然災害という名の人災、ということもあるが)、戦争には政治的な信念や思想が入ってくるので、「実は…」の語られる内容やタイミングは微妙だ。

 多くの人の命を奪うことに加担した事実はできるなら黙っていたい、と思うのは当然だろう(だからこそ、早く話したいということもあるが)。あるいは抑圧された立場であっても、その悲惨な光景を思い出したくない、忘れたいとの一心で、誰にも話さないと心に決めた人も多いだろう。

 学徒出陣で中国の戦場に出向いたぼくの父親にして、90歳を過ぎてこの世を去るまで、戦時中のことは殆ど家族に話さなかった。しかし、同世代の叔父さんは、南洋で船が撃沈され後、一昼夜、海に浮いていたところを助けられたエピソードをよく話した。が、やはり話すのはそのシーンだけで、それ以外の場面ではない。

 「実は…」と話しだす人たちの動機は何だろうか。

 自分より年齢の上の人間がこの世からいなくなった時、「自分が話す番だ」と思い始めるはずだ。それも二つ想定できる。

 「この経験を次の世代に語り継ぐのは自分しかいなくなった」というのがひとつ。二つ目は「自分が語っても、『あの時、お前は俺の指示に従っただけではないか。偉そうに話すな!』と決して言われないだろう」との状況判断をした時だ。

 2018年の現在、「実は…」と話す人に戦時中の上級将校は少ないはずだ。そのようなクラスにいた人は、既にこの世にいないか、公ではっきりと語るには難しい。話す気力を失っているかもしれない。

 今、「実は…」と話す人は、戦場で命令を受けることが多かった人、空爆のなかを親に連れられ防空壕に逃げこんだ人、というように経験の種類が変わってきている。自分の判断で他人を悲劇に巻き込んだのではなく、他人の判断で悲劇に巻き込まれるしかなかった、という変化だ。

 それでは「実は…」を語る人のタイプはあるのだろうか。

 まだ元上官が生きている時代においても「実は…」を語った人は、なんらかの能動的な動きを早くしておかないと手遅れになる、そこに自分がコミットしないといけない(したい)、と考えたかもしれない。自分の経験に積極的な価値を早いタイミングで見出したのだろう。

 一方、過去の人間関係はどうであれ、「俺の経験など語る価値もない」とずっと思い続けてきた人もいる。価値を他人に指摘されて初めて気がつくタイプだ。あるいは性格が消極的でなくても、今を生きることに全力を尽くしたい、と考えていれば語る意義を優先しない。

 こうみると、タイプよりも動機が全てと考えるべきなのか、とも思う。

 ある時代や状況の経験は多くの人の多種の経験が、次世代に伝承された方がよい。しかしながら、それらが同時代に一斉に世の中に流布することは決してない。じょじょにいろいろな動機で語られてくるのを待つしかない。

 したがって、どのタイミングでどういう動機で語られたのかを知る、あるいは想像してみる習慣は、誰もが努めてもつとよい素養だと思う。歴史に馴染む、とはこういう素養を身につけることではないだろうか。(安西洋之)

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』、共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

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