「松浦2号機のタービンがつぶれた…。計画は一から全部やり直しだ」
今年3月28日午後5時過ぎ。電話を受けた九州電力給電計画グループの担当者は声を震わせた。電力需給のプラン作りを担う部署に飛び込んだのは、電源開発(Jパワー、東京)が運営する松浦発電所2号機(長崎県松浦市)で、発電用タービンが落下したという連絡だった。
最も恐れていた火力発電所のトラブル発生に、九電社内に激震が走った。
松浦2号機は石炭を燃料とする出力100万キロワットの大型火力発電プラント。夏になれば九電は、このうち、38万キロワットを受電する予定だった。Jパワーは電力需要が増大する夏にフル稼働できるよう、定期点検を進めていた。
ところが、4基あるタービンのうち1基をクレーンで搬送中、高さ15メートルの3階部分から1階に落下した。重さ100トンのタービンの一部は無惨につぶれた。
Jパワーは九電に「8月の復旧は不可能」とのコメントを添えて事故を公表すると伝えてきた。
「需要ピークの8月に間に合わないなんて簡単に言わないでください。もう少し事故状況を確認してからでもいいじゃないですか。もう少し早く復旧できる可能性はないんですか?」
「状況的には明らかに無理ですよ…」
九電側とJパワーのやり取りは5時間以上続いた。結局、Jパワーが事故を公表したのは同日の午後10時半にずれ込んだ。
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九電側が松浦2号機の復旧時期にこだわったのには、理由がある。
2週間後の4月中旬に、経済産業省に今夏の電力供給計画を提出しなければならなかった。玄海原発(佐賀県玄海町)、川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の計6基すべてが停止した中で給電計画グループは需要に応じた供給力を必死にかき集め、ようやく計画を練り上げたところだった。
計画には松浦2号機から受ける電力も盛り込んでいただけに、戦線離脱は痛手だ。
東日本大震災から3年と数カ月。今夏の供給計画作成は、これまでにないほど、難航を極めた。
昨夏は関西電力大飯原発3、4号機(福井県、計235万キロワット)が稼働していた。西日本エリアの電力需給には若干だが余裕があり、九電は中部電力や中国電力からの応援融通を受けることができた。
だが昨年9月、大飯原発は13カ月に1度の定期検査に入り、全国の原発48基はすべて停止した。今夏は「原発ゼロ」で乗り切らなければならない。西日本の電力会社間のやり繰りは、さらに苦しくなる。
九電の給電計画グループは、寒さも厳しい昨年12月から夏の供給計画作りを始めた。最大電力需要を1671万キロワットと試算し、供給力確保の策を練った。
とはいえ、玄海・川内両原発が動かない中で、九電が自前で需要すべてをまかなう事はできない。生命線を握るのは他社からの融通だ。4カ月間、他電力会社と折衝を重ねた。
難易度の高いパズルを組み上げ、ようやく供給力1722万キロワットをかき集めた。需要に対する供給力の余力を示す予備率は3%ギリギリ。安定供給を確保する最低ラインだった。
ここから松浦2号機の38万キロワットが落ちれば、予備率はわずか0・7%。大規模停電が連鎖する「ブラックアウト」がいつ発生しても、おかしくない状況といえる。
計画を練り直さないわけにはいかないが、九電が所有する発電所はほぼフル稼働を前提に供給力を算出した。38万キロワットをカバーする余力はどこにもなかった。
「たった一つの事故で、苦労して作った供給計画が崩れてしまう…」
給電計画グループの社員は、事故翌日から各電力会社と融通電力量の折衝を再開した。だが、松浦2号機は中国電力や四国電力にも電気を供給している。パズル作りは、より困難になっていた。
「融通を増やせというが、こちらの予備率が下がってしまいますよ」
「そこを、何とかお願いします。九州は本当に危機なんです」
作業は連日深夜まで続いた。1週間後、何とか中部電力などからの融通を増やすことで、計18万キロワットを上乗せした。だが、あと20万キロワット足りない。
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九電は、禁断のカードを切った。
福島第1原発事故を起こした東京電力から、20万キロワットの融通を受けて夏をしのぐことを決めた。
「東電は余裕がある。もっともらえばいいじゃないか」
そんな声も上がるが、日本の電気は東日本の50ヘルツ、西日本60ヘルツと東西で周波数が違う。東西をまたがって電気をやり取りするには、長野と静岡両県に設置された3カ所の周波数変換装置を通す必要がある。
変換装置の容量は計120万キロワット分と小さい。東西間の電力融通が、全国各地の発電所でトラブルが同時発生するなど、想定を超える事態に備えた緊急システムだからだ。
この性質上、変換装置の容量120万キロワットのうち、緊急時に備えて80万キロワットを常に空けておく経産省の指針がある。
関電はすでに東電から38万キロワットの応援融通を決めていた。九電が20万キロワット分を使えば、容量の半分近くを占める。
当初、経産省は難色を示した。九電と関電に対し、東電からの応援融通がない場合の供給計画提出を求めた。
両社が出した試算は、身のすくむような数字が並んだ。九電の予備率は1・3%、関電1・8%。九州、関西地域でいつブラックアウトが起きてもおかしくない。社会、経済、そして住民の生命さえ危機にさらすことになる。
この数字を見て、経産省も折れた。東電から九電や関電への融通を認めた。
緊急時に備えて温存すべき変換装置の容量さえ、融通にあてざるを得ない。救急車をバス代わりに使い、乗客を運ぶようなものだ。原発ゼロの今夏は、それほどの異常事態といえる。
九電電力輸送本部長の山崎尚は4月17日、今夏の需給見通しを公表した記者会見で「昨夏以上に電力需給が厳しくなる。トラブルの規模次第では深刻さは計り知れない」と危機感をあらわにした。
それでも九電は予備率3%を確保した。
だが、福島第1原発事故を起こした東電から電気を買う事態に、九電幹部は「こんな理不尽なことがあるのか。会社の規模や発電所の数が違うので仕方ないとはいえ、納得いかない」と憤る。
九電が東電に支払う電気代は、いうまでもなく九州の電力利用者が支払った電気料金を原資とする。
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火力発電所のトラブルは松浦2号機だけではなく、その後も相次いだ。
6月19日、九電の石炭火力の苓北発電所1号機(熊本県苓北町、70万キロワット)で定期点検中、複数のボイラー管に損傷が見つかり、稼働日が1週間延びた。
また、6月30日には、重油火力の相浦発電所2号機(長崎県佐世保市、50万キロワット)もボイラーへの給水ポンプの軸受け部分が損壊し、2週間稼働できなかった。
最高気温が35度を超えるような8月中旬に、こうした火力発電所のトラブルが発生しない保証はどこにもない。九電社長の瓜生道明は節電要請期間スタートとなった7月1日、報道陣に対して思わず本音を口にした。
「発電プラントはいくら点検をしてもトラブルは避けられない。もう昨夏のような猛暑にならないよう祈る。神頼みしかない」(敬称略)